反響の多かったお出かけ法は
――この本には、子どもの食事からお仕度、お片付け、遊び方と、実践しやすい声かけや誘導方法がたくさん載っています。特に反響が大きかったのはどんなものですか?
朝なかなか玄関から出ない子に対して、交通カードのタッチする部分を紙に描いて、玄関に貼ってみるというものですね。交通カードのようなものを一緒に作って、それでピッとしてから出かけることにすると、子どもも楽しいし、お出かけもスムーズ。この方法は、「驚くほどうまくいきました」と、多くの人から反響がありました。
靴を置いてほしい場所にシールを貼ると、自分でそろえられるようになるというのもあります。ぼくは無機質なシールで紹介しましたが、仮面ライダーのシールにするなど、保護者の方がそれぞれで工夫すれば、よりうまくいくと思います。本に書いてあることをきっかけにして、自分の子は何が好きだとか、どういうふうにしたら喜んでくれるのかというところに着眼点をおくと、成功しやすいのかなと感じましたね。
好きなキャラクターを導入する方法はよくありますが、子どものご機嫌をとって「気をそらす」方法は、この本では書いていません。たとえば、外に行きたくないお子さんに対して「ほら、お外に消防車がいるよ」って言うのは、気をそらしているだけなんですね。だからやり続けても結局飽きて、その声かけでは出かけてくれなくなります。パトカーに興味を持って外に出るのではなく、「外に出る」という手段に対して、楽しさや意識を持っているから出やすいということが大事なのだと思います。
――こういった育児の技は、12年間の保育士生活を経て、ご自身の経験から生み出されたものなんでしょうか?
ぼくも新人保育士の頃は、子どもが手を洗ってくれなかったり、静かに話を聞いてくれなかったり、悩んでいた時代がありました。保育士だって、最初から万能の解決法を身に付けているわけじゃないんです。逆に保育士だから、「〇歳の子どもはこういうものだ」という思い込みが生まれやすいので、気をつけるようにしていました。
当時は子どもが騒いだときに、「静かにしなさい!」と言って聞かせようという意識が強かったと思います。でもそれでは全くうまくいかなかったし、自信も失っていったし、子どもに対してどうしたらいいかわからなかったんです。
この本は、自分自身がそうしてうまくいかなかったときに、実践しながら解決していった方法をたくさん載せています。とにかく、お父さんお母さんに本当に役立つ本を作りたかったんです。保育の知識をもとに子育ての理想論を掲げても、それでは不安の種を増やすだけ。たとえば、「子どもが最近赤ちゃん返りのように甘えてくるんです」という悩みがあったときに「お子さんとたくさん遊んであげてください」という解答をするのは理想論です。それができないから悩んでいるんですよね。だから、短い時間でスキンシップを取るために、こうしたらいいよね、という具体的にできることが入っているものでないと、親御さんの役には立たないと思っています。
「お店屋さん」を生活に取り入れて
――「遊んだ後は片付ける」「好き嫌いなく食べる」といったしつけが、子どもと遊ぶような感覚でできたら、親も子もスムーズにいくのかなと読んでいて感じました。やってほしいことを遊びに変えるコツはどんなことがありますか。
遊びというのは、身の周りにあるものでいいんです。たとえば、大人には見慣れている「お店屋さん」でも、子どもたちにとっては魅力的。そういう要素を、生活の中に取り入れるだけで、子どもたちにとっては新しい刺激になります。たとえば、手洗いをしてほしいときに「手洗い屋さんだよ。手洗いがたったの100円だよ」と声をかけたり、ご飯を食べたがらないときに「このチケットを出すとご飯が出てくるからね」とチケットを渡すだけで、そのこと自体が楽しくなりますよね。
子どもが思い通りに動いてくれなかったとき、一番楽なのは「やりなさい!」って怒鳴ることです。でもそれに頼ってしまうと、結局自分自身も落ち込んだり、悩むことが多いです。だからこそ具体的にアクションを起こせるやり方を、この本でひとつでも見つけてもらえればと思っています。
子どもって「やりなさい」と言われたことって基本やりたくないんですよね。でも、自分が興味を持ったものに自分から取り組むのは、すごく気持ちがいい。大人に、あれもこれもやりなさい、やらないとダメって言われ方をするよりは、自分自身が興味を持って行動を起こしたと思える方が、積極性も高くなるし、気持ちがポジティブに向きやすくなると思います。手洗いだって、実は「手洗い屋さん」という大人の手の上でやっているだけなんですけど、子ども自身は、自分で選んでやったと受け取ります。そういう積み重ねは大事だなと思いますね。
――同じ「子どもがやる」でも、大人の声かけや持っていき方によって、子どもの意識が変わってくるということですね。てぃ先生は、子どもに接するとき、保育士として一番意識していることは何ですか?
「子どもはこうしたほうがいい」とか「こう思っているはず」と決めつけないようにしています。よく大人って「はいお片付けだよー」って声をかけるんですけど、子どもにも予定があるんです。遊びの途中、ここに車がきてその後人形が通って……という予定があったのに、大人の予定だけで動かしていますよね。子どもも一人の人間であって、それぞれやりたいことがあるので、そこをきちんと尊重することは意識していますね。
だから、ぼくは保育園の予定で「10時から散歩」って決まっていても、クラスの子が今やっている室内遊びにのめりこんでいる様子があれば、散歩を取りやめにします。その場で予定変更します。おままごとに集中したり、他の子とのやりとりを学んだり、そういう貴重な時間があるのに、大人が10時だからって連れて行くのは「何のためなの?」って思いますね。ありのままを受け入れた上で、この後どうしようかと考えることが大事だと思っています。
決めつけないということは、親御さんたちに対しても同じですね。先生たちって正論ばかりになりがちだし、世の中の人たちもそうなんですよ。たとえば、カフェでお母さんがお茶を飲んでいて、横に置いていたベビーカーから子どもが「あーあー」と言いながら手を伸ばしてきたとします。それを周りの人が見たとき、「抱っこしてあげればいいのに」と思う人がほとんどです。でもそれは決めつけだと思っています。
もしかしたらそのお母さんは、その前に散々抱っこして、ようやく座れたところだったかもしれない。あるいは、お母さんはいま腰が痛くて抱っこできないのかもしれない。そう考えたら、周りの人間は自分の価値観だけで何も決めつけができないと思うんです。愛情不足の親なんていないんですよ。親がどんな思いで子育てをしているのか知らない人に「愛情不足」なんて言われても、気にすることないと思います。
――てぃ先生は、こういった考え方や保育の技を、TwitterやYouTubeでたくさん発信していて、フォロワー数も50万人以上となっています。メディアで発信していく必要性はどんなふうに感じていますか?
もっと保育士がアウトプットするべきだと思っているんです。「保育士さんはさすがです。ありがたいです」って親御さんには感謝されるんですが、それは自分の子どもを預かってくれたことに対してであって、保育士の技術や専門知識がすごいと思っている人ってほぼいません。保育士がどう対応したか、どんな声かけをしたかはあまり知られていないと思います。それが結局世の中の保育士に対する認知度やお給料の低さにつながります。
それは知らない人が悪いのではなく、保育士側が専門性をアウトプットしていかないといけないなと思っているので、TwitterなどのSNSを活用して発信しています。最近はYouTubeで知ってもらうことも多くなってきて、画面を通して顔を見ながらできたほうが、響きやすいという声もいただきました。保育士だけの技としてしまっておくのではなく、TwitterやYouTube、こういった本を通して、育児の引き出しを広げてくださる方が増えてくれたら嬉しいなと思っています。