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「青春とは、」書評 今だからわかる「未来だけ」の時

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2021年01月16日
青春とは、 著者:姫野カオルコ 出版社:文藝春秋 ジャンル:小説

ISBN: 9784163912967
発売⽇: 2020/11/19
サイズ: 19cm/251p

青春とは、 [著]姫野カオルコ

 60代の乾明子(いぬいめいこ)はコロナ禍でのステイホーム中に、ふとしたきっかけから高校時代に思いを馳(は)せた。滋賀県の公立共学校に通っていた1970年代の日々が、映画のように蘇(よみがえ)る――。
 と書くと、キラキラした青春小説を予想されるかもしれない。だがここには壁ドンも胸キュンもない。汗と涙の部活もスクールカーストもない。牧歌的で地味でごく普通の日々だ。だがその〈普通〉が読み手の心の襞(ひだ)に染み通る。
 部屋には数字板がパタパタ回転するフラップ式の時計が置かれ、深夜放送やラジオ講座を聞いた。手紙には覚えたての難しい漢字を使いたがった。「ラブアタック!」に「パンチDEデート」。秋吉久美子に西城秀樹。ミッシェル・ポルナレフの来日コンサートに行きたくて親を騙(だま)した。化粧の濃い養護教諭に男子は騒ぎ、女子は反発した――。
 頻出する固有名詞やテレビ番組は特定の層にしかわからないかもしれない。だが読者はそこに、自分の時代のアイドルや人気番組を思い出す。スマホもネットもなく、公衆電話から友達の家に電話をかけた時代を思い出す。姫野カオルコの技である。
 だが、ただ浸るだけではない。還暦を過ぎた明子は過去を振り返りながら「今となっては」「今にしてみれば」と何度も繰り返す。「自分の生育経験からしかものが見えず、その狭窄(きょうさく)な視野だけで発想する」しかなかった高校時代のあれこれが、今だからわかる。だからこそ愛(いと)しい。そして既にこの世にいない人々を指折り数え、旧友たちに心で語りかけるのだ。
 「クラス会にも学年同窓会にも来なくていいよ」「でも、いてくれ。いなくならないでくれ」と。
 未来しかなかった高校時代と、その未来の大部分が過去になってしまった今。その対比が物語を深くしている。終盤の桜の場面は少しの寂しさと大きな慈しみで胸が一杯になった。絶品の、大人の青春小説だ。
    ◇
ひめの・かおるこ 1958年生まれ。作家。『昭和の犬』で直木賞。『彼女は頭が悪いから』で柴田錬三郎賞。