山田航が薦める文庫この新刊!
- 『センチメンタルジャーニー ある詩人の生涯』 北村太郎著 草思社文庫 990円
- 『「日本の伝統」の正体』 藤井青銅著 新潮文庫 649円
- 『茶の湯 わび茶の心とかたち』 熊倉功夫著 中公文庫 946円
(1)は戦後派現代詩の一大拠点となった詩誌「荒地」にて、田村隆一とともに中心を担った詩人の自叙伝。北村と田村の出会いは商業学校。生粋の文学エリートではなかった。あらゆる価値観が反転した焼け跡の時代に新しい言葉に賭けた青年たちの、熱い青春の記録。ねじめ正一『荒地の恋』のモデルである恋愛事件のことも語られている。
(2)は「創られた伝統」について取り上げた本。新しいものなのに古来の伝統文化のように勘違いされているものは数多く、「初詣」「神前結婚式」「洗濯板」「正座」などがいつごろに発祥したものなのかが紹介されている。「創られた伝統」は文化人類学の重要なテーマだが、この本ではあくまで「歴史うんちく本」としての構成を崩さない。しかし、幕末に誕生したソメイヨシノがきっかけで「パッと咲いてパッと散る」という新しい美意識が生まれて戦意高揚に利用されたように、「創られた伝統」がときに危険をはらむことへの警鐘も鳴らす。
(3)は近世茶道の成立を精神史から論じた本。落語にしても俳句にしても、いま伝統文化と思われているものもたいていそのはじまりはカウンターカルチャーであり大衆芸能だった。茶会も同様で、最初は酒盛りを伴った宴会であり、世間に背を向けたアウト・ロー「かぶき者」たちの生み出した奇妙な風俗だった。茶の湯は亭主によるコンセプチュアル・アートであり、空間演出。そこに凝らされた美学は、形を変えて現代の大衆芸能にも引き継がれているように思える。=朝日新聞2021年2月20日掲載