魚や水中の生きものを水槽に入れてじっくり見ながら撮影している。ドライスーツを着て水中に潜って撮影するのが基本ではあるけれど、生きものの表情や細部をもっと観察したいという衝動が抑えきれずに始めたものだ。近所の用水路が採取フィールドでフナやエビ類などを釣ったり網で掬(すく)ったりして持ち帰っては撮影し、また元の流れに戻すということを繰り返している。
採取してきたほとんどの生きものたちが目から鱗(うろこ)が落ちるような驚きや発見を次々ともたらしてくれるおかげで、自分は少年のようにピュアな心の持ち主だったのかしらと勘違いするほどだ。中でも手長エビとスジエビは地球外生物を思わせる不思議な魅力に溢(あふ)れていて、気が付くとエビたちに話しかけていることも珍しくない。誰かに目撃されると厄介なことになりかねないので周りを見まわしながら話しかけている。
両種ともテナガエビ科の淡水エビで容姿は似ているが、手長エビはその名前の由来どおり前から2番目の脚が体長より長く大型になるので区別は容易だ。真正面から見たエビたちの顔はユニークで、アニメの主人公やゆるキャラのようで愛らしい。双方とも一番前の脚は細長くしなやかで先端のハサミにはブラシのように毛が密生している。実はこの脚は休みなく体のあちこちをこすって掃除する掃除専用脚だ。目ん玉をグリグリ磨いたり、驚くことに体内に突っ込んで食べかすなどが付いたエラまで楊枝(ようじ)や歯間ブラシのように器用に掃除したりもできる。ブラシの毛に付着した物はまた口に運んで食べてしまうこともよくある。写真でも動画でも面白いこのエビたちは私にとって最高のモデルであることに間違いないのだが、食べておいしいというもう一つの大きな魅力がある。
撮影だけなら3尾も捕まえれば十分なはずなのだが、酒の肴(さかな)に10尾20尾とついつい欲ばって釣ってしまう。定番はやはり唐揚げか素揚げだろう。居酒屋で川エビの唐揚げとして出てくるのはほとんどがスジエビの方だ。熱した油に入った瞬間地味な色合いだった姿は鮮やかな朱色に一変する。揚げたてに塩をパラパラと振りハフハフ言いながらビール片手に頰張れば、エビの香りが口中いっぱいに広がる。
手長エビ釣りが最盛期を迎える6月頃には串刺しにした手長エビを七輪で焼くのが最高の贅沢(ぜいたく)だ。炭はやはり備長炭がいい。半面焼けたら麺つゆに漬けまた七輪に戻して反対側を焼く。エビのエキスとめんつゆが真っ赤な炭にポタッと落ちてジュッと弾けるとエビの香りが鼻腔(びこう)を刺激する至福の時間だ。もちろん片手にビールは外せない。歯の間に詰まった殻は楊枝代わりの串でシーハーシーハー。ブラシの脚でエラを掃除していたエビたちの姿が脳裏に浮かんだ。=朝日新聞2021年2月27日掲載