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一騎当千のマニアが手がけた、「ドラキュラのチャチャチャ」など極上の吸血鬼本3冊

文:朝宮運河

 幽霊もの、オカルトものなどホラーには幾つかのサブジャンルがあるが、中でも「吸血鬼もの」は熱心なファンの多いジャンルだ。今月の怪奇幻想時評では、東西の吸血鬼マニアが書いたり編んだりした、深紅の新刊3冊を紹介してみよう。

 『《ドラキュラ紀元一九五九》 ドラキュラのチャチャチャ』(鍛治靖子訳、アトリエサード)は、イギリス人作家キム・ニューマンの代表作「ドラキュラ紀元」シリーズの第3弾。同作は吸血鬼と人間が共存するもうひとつの世界を舞台に、15世紀から生き続ける吸血鬼ヒロイン・ジュヌヴィエーヴらの冒険を描く伝奇ホラー巨編だ。
 今回は1959年のローマが舞台。かのドラキュラ伯がイタリアの古城で結婚式を挙げることになり、世界中から豪華ゲストが続々と集まってくる。ジュヌヴィエーヴと暮らす英国情報部の伝説的エージェント、ボウルガードをローマに訪ねたジャーナリストのケイトは、到着早々おぞましい事件に遭遇。折しもローマでは「長生者」(数百年生きている吸血鬼)ばかりを狙った襲撃事件が相次いでいた。町を恐怖に陥れる「深紅の処刑人」の正体とは――?

 このシリーズの特徴は、先行する小説や映画のキャラクターが大挙して登場する、メタフィクション的世界観である。たとえばドラキュラの結婚相手であるモルダヴィア公女アーサ・ヴァイダは、イタリアの名匠マリオ・バーヴァ監督の『血ぬられた墓標』に登場するヴァンパイア。事件の謎を追うシルヴェストリ警部も、同監督の『モデル連続殺人!』の登場人物……といった具合。全編こうしたマニアックなお遊びの連続で、新たなキャラクターが登場するたび、巻末の登場人物事典をめくる必要がある(そして毎回ニヤリとさせられる)。
 そんな才人キム・ニューマンの茶目っ気が最大限に発揮されているのが、オトラント城(ホレス・ウォルポールのゴシック小説の舞台)で華々しく開催される結婚式のシーン。オーソン・ウェルズ、エドガー・アラン・ポー、サルバドール・ダリなど錚々たる著名人が、フィクションのキャラクターとともに参列し、虚実ないまぜの祝祭的空間を作りあげている。

 第1作の主人公であったボウルガードが人間のまま老い、死期を迎えることで、このシリーズはひとつの区切りを迎えた。ジュヌヴィエーヴ、ケイト、そしてボウルガードの元婚約者であるペネロピ。数奇な運命で結ばれた3人のヴァンパイアが揃って登場するラストシーンには、思わずしんみり。とにかく面白いシリーズなので(少々お値段は張るけれど)全力で推奨しておきたい。同時収録の「アクエリアス――ドラキュラ紀元一九六八」は、ケイトが1960年代末のロンドンで殺人事件に巻き込まれるという本邦初訳の中編。

 山口雅也総指揮『甘美で痛いキス 吸血鬼コンピレーション』(二見書房)は、海外・国内の吸血鬼小説を収めたアンソロジーであると同時に、絵画、映画、音楽など幅広い分野に及んでいる吸血鬼カルチャーを一望できる豪華バラエティブック。コンセプトは「ゴシックな吸血鬼からポップなヴァンパイアへ」だ。
 小説は吸血鬼文学の古典ジョン・ポリドリ「吸血鬼」を筆頭に、ひねりの効いたヘンリー・カットナー「ヘンショーの吸血鬼」、ジェフ・ゲルブのエロティックホラー「おしゃぶりスージー」、知る人ぞ知る井原西鶴の吸血妖女譚「紫女」、エレベーターに閉じこめられた人びとを描く新井素子「ここを出たら」などに加え、澤村伊智と菊地秀行の書き下ろしも収録。澤村伊智の「頭の大きな毛のないコウモリ」は、シングルマザーの抱える不安と恐怖を保育園の連絡ノートに封じ込めた書簡体小説。ブラム・ストーカー『吸血鬼ドラキュラ』にオマージュを捧げつつ、現代日本にきっちりと“怖い”吸血鬼を登場させていて頼もしい。
 一方で、ホラー映画や吸血鬼ロックの情報も充実。今やポップアイコンと化したヴァンパイアたちにも、多数出会うことができる。内外の古典文学とサブカルチャーに等しく通じた山口雅也ならではの、知的にパンキッシュな吸血鬼本。編者と京極夏彦のロング対談も読みどころである。

 3冊目は牧原勝志編『幻想と怪奇5 アメリカン・ゴシック ポーをめぐる二百年』(新紀元社)。昨年11月に刊行された同誌の第4号がずばり吸血鬼特集だったのだが、紹介のタイミングを狙っているうちに新しい号が出てしまった。しかしポーに代表されるアメリカのゴシック系幻想文学を特集したこの号にも、吸血鬼は顔を出している。
 マンリー・ウェイド・ウェルマン「月のさやけき夜」は、女性が墓場からよみがえった事件を取材しに出かけたポーが、恐怖の一夜を過ごすことになるというホラー短編。「ドラキュラ紀元」で吸血鬼化していたポーが、こちらでは吸血鬼ハンターを務めているのが面白い。オーガスト・ダーレス「サテンの仮面」には、命を吸い取るイタリアの仮面が登場する。これも一種の吸血鬼ものと呼んでいいだろう。
 特集全体にも触れておくと、ポー自身の作品をはじめ、ワシントン・アーヴィング、アースキン・コールドウェル、イーディス・ウォートンらの短編を掲載。名作から埋もれた佳作までバランス良く配した目次が、アメリカン・ゴシックの伝統を鮮やかに浮かびあがらせている。個人的には映画「狩人の夜」の原作者として記憶される作家、デイヴィス・グラッブの登場が嬉しかった。

 多くのクリエイターが血を注ぎ、延命させてきた吸血鬼カルチャー。現代を代表する吸血鬼もの『鬼滅の刃』へといたる系譜を、あらためて辿ることができる3冊である。