1. HOME
  2. インタビュー
  3. 働きざかりの君たちへ
  4. 「ここじゃない世界に行きたかった」塩谷舞さん ミニマルで偏愛。周りに流されないインフルエンサーの働き方

「ここじゃない世界に行きたかった」塩谷舞さん ミニマルで偏愛。周りに流されないインフルエンサーの働き方

文:篠原諄也 写真:篠塚ようこ

 働くことに対して迷いや悩みを抱える人たちに向けた特集「働きざかりの君たちへ」。アメリカ在住の文筆家・塩谷舞さんは、「競争社会で闘わない」「ミニマルに働く」など、さまざまな新しく実践的な仕事論をnoteや自身のウェブメディアに綴り、同世代を中心に絶大な共感を得ています。初の著書『ここじゃない世界に行きたかった』(文藝春秋)の出版を機に、日本に一時帰国した塩谷さんの働き方についてインタビューしました。

会社員時代に感じた違和感が原点

――新著にはユニークなお仕事との向き合い方が書かれています。例えば「ミニマルに働く」。仕事上のいろいろな無駄を削ぎ落として、心や身体を大切にすることを意識しているそうですね。

 私はアルバイトをしても、会社勤めをしても、優秀な従業員ではなかったんです。一度に複数のことを出来ないとか、身体が弱いとか、持病があるとか……そうした自分の弱点があるので、既存のルールでは上手に生きることがむずかしい。一戦力としての自分が強くないことに、もどかしさを感じていました。そんな中でも結果を出せるように、出来る限り無駄を省きたいと考えたんですよね。

 たとえば、クライアントに見せるだけのデザインの捨て案、すぐ捨ててしまうのに何百枚も印刷する資料……。労働時間の多くが、そうした本質的ではないことばかりに吸い込まれちゃっている。もう一つ一つやめてみるのはどうかと思いました。2015年からはフリーランスとして働いているのですが、自分自身の働き方を見直しながら、一緒に働く企業に向けても「そもそも、これは必要ですか?」ということから確認しています。そうすると、「あれ、なんで必要なんだろう?いらないですね」ってなることも多いんです。

――塩谷さんのお仕事依頼のページには「PR記事の執筆」や「台本ありきのメディア出演」など、「できないこと」がはっきりと書いてあります。

 今の時代は、モノも仕事も溢れすぎている。そんな中であえて「やりません」というステートメントを出すことは、社会に対した小さなレジスタンスにもなるんじゃないか、と思っています。NOと言うことは勇気がいりますが、環境問題に意識を向けたり、過剰な働き方について省みるきっかけが作れたらいいな、と願っています。

 たとえば、「紙の請求書は基本的に対応していません」と伝えると、最初はワガママな人だなぁ、と思われるかもしれない。けれども、それで企業側に前例が出来ると、他の人たちも楽になるかもしれません。

壊れた心と体を救ったブログ

――でも会社員時代はまだ「働き方改革」の時代でもなく、さまざまな違和感を感じたのではないですか?

 そうですね。私も好きで働いていたところもありますが、今思い返すと、なかなかタフな環境だったと思います。しかも当時は、初めての東京、初めての一人暮らしで、自分の面倒を見るだけで精一杯。遠距離恋愛をしていて、東京に住む友達もほとんどいない。家に帰ったら3、4時間寝て出勤する。

 そんな生活で、体も心も同時に壊してしまいました。子宮内膜症で救急車で運ばれたり、心療内科で適応障害と診断されたり……。

 小さなベンチャー企業ゆえに同僚もほぼいなかったので、比較対象は男性の上司ばかり。「彼らに比べて私はどうしてこんなに弱いんだろう」と、落ち込むばかりでした。

――何て大変なことに…。

 そんな時、眠くて眠くて仕方なかったのですが、残り僅かな力を振り絞ってブログを始めたんですよね。なぜブログ? という感じですが、自分の言葉を誰かに伝えないと、感情が死んでしまう! と思っていたのかもしれません。祈るように書いた記事ばかりだったからか、すごくバズることが多かった。

 そうすると、徐々に私個人に仕事をご相談いただくことも増えて、インターネットの醍醐味も感じました。当時は会社で副業が出来なかったこともあり、せっかく声を掛けてもらっているのなら……とフリーになることにしました。

周りに流されない基準を持つ

――自分の好きなことより社会やお客さんを優先する「公共性」を強く意識するあまり、自分を疎かにしてしまっている人も多いと思います。

 世の中に求められる人材、と言えば聞こえは良いですが、それって「世の中にとって都合がいい人材」とも言い換えられてしまうこともあります。たとえば、企業側が素直で企業文化に染まりやすい人材を求めるとなると、新卒一括採用が効率的。そうした仕組みが長年採用されてきた訳ですよね。もちろん素直であることは素晴らしいですが、全てのルールに疑問を抱かず、受け入れていくのも危険だなと思っています。非効率な仕事に対しても「だってルールだから」、と自分の頭で考えられなくなってしまいます。

 社会の中には様々なベクトルが溢れているけれど、自分の心の中にもしっかりとベクトルを持つことが大事だと思っています。たとえば、私は前まで交通手段を選ぶ基準は「速さ」でした。目的地に最短時間で到着するものを探して、タクシーや飛行機を使っていた。でも今は、出来るだけ「環境負荷の低さ」を基準にしています。飛行機は環境負荷が大きいから新幹線にしようか、ゆっくり本も読めるし……と考える。

 自分の中にさまざまなマイルールができることによって、他人から生き方や働き方について馬鹿にされても「自分とは、評価軸が違うんだなぁ」と捉えるだけになる。周りに流されない基準を持っておくことは、心を大切にする上でも大事なことだと思います。

――自分がよいと感じるものを大切にするようになったのですね。

 はい。私は、自分ひとりが担うべき公共性って、たかが知れてると思うんです。全部を自分がカバーしようとするよりも、偏愛を極めたほうがずっと、深い価値を生むことが出来るかもしれない。

 私はこれまでずっと、周囲のニーズに応える営みが好きでした。学生時代に美大生向けの場がないからフリーマガジンを作ったり、会社で広報が必要だと感じて新しい部署を作ったり……。今は「自分の好きなことをしている人」だと捉えられることが増えたのですが、自分の中では、社会というクライアントに対して、文章を書いている……というイメージです。

 今回出版させてもらった本も、「今の時代にこういう本があって欲しい」と思ったから書かせてもらいました。社会をやさしく、やわらかくしていく、マッサージのような文章が書ければ本望ですね。

日記で自分を取り戻そう

――働くことに辛さを感じている人たちに向けて、アドバイスできるとしたらどんなことですか?

 文章を書くことって自分の考えを尊重してあげるような行為で、まるでセラピーのような効果があるから、私は働きながら癒やされている……ということがよくあるんです。もちろん仕事だから、しんどい〜!と思うことも多々ですが(笑)。けれどもやっぱり、文章を書くと、心がスッキリします。それがnoteやInstagramのように人に見られるものではなく、自分だけの日記だと尚更です。

 日記はプライベートなものなので、本当に辛いこと、イライラすることについても、遠慮なく書ける。そうして自分の言葉で、自分自身の状態を整理ができていると、「あぁ、自分は苦しんでいるんだ」と客観視できて、救済するための一歩を踏み出しやすくなると思うんです。

 今は人類総エッセイスト時代か? というくらい、多くの人がSNSに自分の近況を綴っていますよね。でもそれは、日記のように見えて、日記ではない。他人に見せることが前提の文章だと、どうしても見栄や忖度が出てきてしまいますよね。SNSに投稿する前提ではなく、自分で自分の本音を聞いてあげる時間は大切だと思います。

――SNSを通して人の生活を見ると、うらやましく感じることが多いです。

 「あんな場所、見せられる側面だけ見せているステージなんだから、真に受けるな!」と耳元で叫びたくなります(笑)。キラキラと輝いて見えるような人も、舞台裏を見れば、みんなボロボロになりながら悩んで、苦しんでいる。私も辛いことや上手くいかないことだらけです。ただ、SNSは大勢の人が見ている手前、そうしたことは書く訳にもいきません。だから結果として、「万事上手くいってる」ように見えてしまう。それって、SNSの恐ろしい側面ですよね。

 私はSNSが大好きで、そこに救われて生きてきました。けれども、同時にそこには人を過剰に妬んだり、自分自身を客観視出来なくするような、悪い面もあります。だから本当に辛いときは、自分だけの日記を書いて、自分を大切にしてあげる。自分の本音を取り戻すことが大事だと思います。