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ハラール・ヴィーガン…「食のルール」対応で世界に遅れる日本? 「おいしいダイバーシティ」横山真也さんインタビュー

文:小沼理 写真:斎藤大輔

「日本には食べるものがない」という友人の言葉

――横山さんが食の多様性に興味を持ったのは、ムスリムの友人から言われたある言葉がきっかけだったそうですね。

 今から8年ほど前、当時はシンガポールで暮らしていたのですが、日本に一時帰国するタイミングで友人を日本旅行に誘ったことがありました。しかし、その友人は「行きたいけど、日本には食べるものがないんだよね……」と言いにくそうにしていました。

 私は「イスラム教徒だから、豚とアルコールが駄目なんだよね。それ以外にもたくさんあるから!」と返したのですが、「いやいや、そうじゃないんだ」と。そこには、「日本人にはわからないだろうけどね」という諦めが含まれているように感じました。

――どういうことですか?

 旅行を断られたことを残念に思った私は、そこから、「ハラール」というムスリムの食のルールを調べはじめました。そこで、私は自分がムスリムのことをよく理解していなかったことに気づきます。「豚を食べない」と言ってもそう簡単ではなくて、加工品を口にするときは豚エキスが入っていないか確かめる必要があるし、飲食店では豚肉を扱わない調理場で作られたものでないと安心して食べられない。

――単に「豚肉を食べなければいい」という話ではないんですね。

 そうです。では牛肉や鶏肉ならなんでも食べられるのかと思いきや、定められた方法で処理されたもの以外は基本的にタブーです。アルコールもお酒を飲まなければいいというだけでなく、醤油などの調味料に入っていれば口にしない人もいます。

 こうした理解は、日本ではほとんど進んでいません。今でもそうですし、当時はもっとです。日本が好きなのに、食が障害になって訪日できない人がたくさんいる。それなら、ハラール対応をして日本の食の多様化を進めれば、日本の国際化にもつながるのではないかと思いました。そうして2014年に立ち上げたのが「ハラールメディアジャパン」、現在のフードダイバーシティです。

日本は「食べられない多様性」を見落としている

――ムスリムの方々にとっては、「日本は食べるものがない」が定説になっているのでしょうか。

 ムスリムからは、いろんな話を聞きました。たとえば、在日ムスリマ(女性のイスラム教徒)がスーパーで日用品を買うだけで2時間かかるとか。食品の成分表示が日本語でしか書かれておらず、情報開示が不明瞭なものも多いので、確認にものすごく時間がかかるんです。

 他にも、富裕層のムスリムが世界周遊のクルージングで博多に来たのに、船から降りずに船内で食事を済ませた話、在日ムスリムの中学生が他の生徒が給食を食べている中、一人だけ弁当を持参している話……みなさん驚くのですが、ムスリムにとってはあるあるのお話です。宗教に関するマナーも浸透していないため、「ラマダン(断食)して死にそうにならないの?」「ヒジャブって夏は暑くないの?」とぶしつけに聞いてしまう人も少なくありません。

 日本で暮らしていると、食のルールを持つ人は少数派と感じるかもしれません。でも、現在ムスリムの人口は世界の約2割を占めます。他の宗教やベジタリアン、ヴィーガン、アレルギーなどの人も含めると、実に世界の半数は何かしらの食のルールを持っていることになります。世界には「食べられないという多様性」があるのですが、日本では見落とされていますよね。

外国に比べ大きく遅れをとる、日本の食の現状

鹿児島市の日本式スパイスカレーレストラン「ちゃぶや咖喱堂」で提供する「ちゃぶや謹製カツカレー」。カツの中身は野菜だが、言われても実際のお肉とは全く区別がつかないレベルという(写真提供・フードダイバーシティ)

――会社を立ち上げてから7年が経ちますが、状況はどう変わってきましたか?

 食のルールを持つ人がいること自体は、以前よりも認知度が上がってきたと感じています。2014年は、世界から観光客が訪れる浅草にもハラールやヴィーガン対応のお店はほとんどありませんでしたから。今は行政と一緒に、全国15エリアでハラール情報などを盛り込んだ観光マップを作成できるまでになりました。

 興味深いのは、小さな飲食店ほど素早く対応してくれるところ。地元密着型で個人経営のお店は子どものアレルギーにも柔軟に対応していますから、同じ感覚でやってくれるんですよね。

 一方、大企業の飲食チェーンや食品メーカーほど何年たっても進展しないことが多いです。「何かあったらどうするんだ」なんて言われることもありますね。私が「なるほど、心配ですよね。では、その『何か』は具体的にどんなことが考えられますか?」と話すと、たいていの人は黙ってしまうのですが。

――この状況は、諸外国と比べても遅れているのでしょうか。

 大きく遅れを取っているといえるでしょう。私がアメリカへ行った時の話なのですが、飛行機の出発が遅れ、乗客にお菓子が配られたことがありました。パッケージを見ると、ハラール、コーシャ(ユダヤ教徒が食べてもよいとされる食品)、ヴィーガン、それぞれの認定マークがついている。誰でも食べられる商品開発が進んでいるんです。

 日本で同様のことをした場合、認証マークはついておらず、成分表示も日本語でわかりにくいお菓子を配ることになるのではないでしょうか。それだと、飛行機が遅れてイライラしている人がさらに不満を募らせることになりますよね。

――それほどまでに、食のルールは厳しいものなのでしょうか?

 彼らも非常時にはやむなく食のルールを破って食べることがありますが、それはとても気持ち悪いこと。これは単なる好き嫌いとはまったく違う話なのですが、なかなか理解されません。日本が留学生や外国人労働者をどれだけ誘致しても、食のマインドセットが変わらなければ魅力的な国としては映らないでしょう。

 たとえば、日本は災害大国ですが、ハラールやヴィーガン用の非常食が足りていないケースも多いです。2016年の熊本地震の際も、避難所にいるムスリムから「これは食べられる?」という連絡が我々のところにたくさん来ました。避難所などではなく、被災した個人から連絡が来るのも残念に感じます。

――この状況はどのように変えていけばいいのでしょうか。

 何より教育が重要です。学校教育も大切ですが、学校ではすでに2世の子が増えていますし、子ども同士は率直にコミュニケーションをとって「そういうものなんだ」と学んでいきます。20代の若者も、積極的に海外へ出て行く人は現地で学んでいくでしょう。

 むしろ教育が必要なのは「何かあったらどうするんだ」と考えてしまう大人のほう。その大人の中には、若い頃に「世界化」を掲げる企業で、東南アジアなどに赴任して現地の人と働いた経験がある人も少なくないと思います。その生活の中では、ハラールやベジタリアンと一緒になる機会も絶対にあったはず。実際、東南アジアの国へ行くと、マッサージ屋のおじさんや年配のタクシードライバーの方が「あの日本人には世話になった」と思い出を語る人がたくさんいますから。彼らの記憶に残る良い日本人は一体どこへ行った? と思ってしまいますね。

札幌市中央区のススキノにある「ラーメン寳龍総本店」でハラールラーメンを食べるムスリムの留学生たち=2019年11月27日、天野彩撮影

広島焼きを食べて「やっと地元民になれた」

――こうした中でも、ハラール対応を進めている飲食店もあります。実際に対応を進めたところからは、どんな反応がありますか?

 広島では、在住のムスリムから「広島焼きを食べたい」という声がたくさん挙がっていました。でも、基本的に豚が入っているからなかなか対応ができなかったんですね。これを何人かの経営者やムスリムと協力しながら、食材を見直したり、鉄板を特別な砂を使って宗教洗浄したりして、店のハラール対応を進めました。お店で広島焼きを食べたムスリムは、「やっと地元民になれた」と喜んでいましたよ。

 はじめた当初は「どこでハラールが食べられますか?」だったのが、次第に「もっとおいしいハラールの店はないか」になり、「次はどんなものがハラール対応するのか」になり。食の幅が広がることで、ムスリムが日本を楽しんでくれているのを実感します。

 最近はハラール牛肉を使ったもつ鍋も人気でした。まだハラール対応していない日本食も多いです。ビジネスチャンスの可能性もまだまだたくさんあると思いますよ。

――本では、ハラール対応したラーメン店が、行政の多文化共生のきっかけの一つになった例も取り上げていました。

 栃木県佐野市の「日光軒」ですね。この店はハラールラーメンとハラール餃子を20年近く前からはじめていて、ムスリムにとっては超有名店。マレーシアの人気俳優が成田空港から直行した、なんて逸話もあるほどです。ご主人によれば、きっかけは北関東にある大型工場や工業団地で働くムスリムの方が増えていたことだそうです。

 佐野市ではこうした食のバックボーンをもとに、2016年から英連邦や南アジアで人気のスポーツ「クリケット」を地方創生に活用しています。南アジアはムスリムが多いですし、これは戦略的な計画だったでしょう。食から他の文化へつながり、行政も一体となって町おこしにつながる。佐野市のような理想的な流れが今後も出てくるといいと考えています。

一緒に食事することが、国際交流の第一歩

――隠さず情報開示し、コミュニケーションをとることが大切というのは、食に限らずあらゆるダイバーシティに通じると感じます。

 ムスリムと一口に言っても、宗派や個人の感覚によってどの程度厳密に守るかは様々です。それに加えてベジタリアン、ヴィーガン、アレルギーなども。そう考えると、自分で判断できる材料を提示してあげるのが何より大切ですよね。

 下手な英語でも、Google翻訳を使ってでもなんでもいいから、とにかく伝える。そこから関係がはじまるのだと思います。同じものが食べられなくても、一緒にご飯を食べることから国際交流がはじまります。「これは食べられる?」「豚肉を抜いてくれたら食べられるんだけどな」「じゃあ抜いたものを作ってくるよ」「ありがとう、はじめて食べたけどおいしいね!」って、コミュニケーションを重ねていけばいいんです。

――コロナ禍で観光客と接する機会は少なくなっています。今だからこそできることはありますか?

 飲食店の方は、こういう時だからこそなんでも試してみると良いのではないでしょうか。日本で暮らすハラールやヴィーガンはたくさんいるはずですが、日本では需要に対して供給が圧倒的に少ない。少し対応してみるだけで、きっと多くの反響があるはずです。

 個人の方は、旅行ができない今こそ家で「グルメ世界の旅」を楽しんでみては。ハラールフードやヴィーガンフードなどを食べてみると、色んな発見があると思いますよ。