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「近未来の〈子づくり〉を考える」書評 新たな生殖手段 倫理的に検討

評者: 行方史郎 / 朝⽇新聞掲載:2021年04月03日
近未来の〈子づくり〉を考える 不妊治療のゆくえ 著者:久具 宏司 出版社:春秋社 ジャンル:妊娠・出産・育児

ISBN: 9784393716359
発売⽇: 2021/02/18
サイズ: 20cm/206,16p

近未来の〈子づくり〉を考える 不妊治療のゆくえ [著]久具宏司

 日本で初めて体外受精が行われたのは英国から5年遅れた1983年。それから40年足らずで、今や16人に1人の子どもが体外受精を経て生まれてくる。
 ただ、不妊治療は学校で教えられることはなく、自然妊娠で子を授かれば知る由もない。たとえば、人工授精や顕微授精の場合、精子を人為的に送り込むことから「授」という漢字が使われているが、どれほど知られているだろうか?
 産婦人科医である著者は、日本における不妊治療の実質的なルールづくりを担ってきた日本産科婦人科学会の倫理委員を長年、務めている。推進側ではあるが、ときに歯止めをかける、難しい立ち位置だ。
 著者によると、技術の進歩で人類が手に入れた生殖手段は三つに集約できる。
 ひとつは提供卵子や代理出産により、別の女性の卵子や子宮を由来とする子の誕生を可能とした。二つめは、精子や卵子、受精卵の凍結技術が確立し、妊娠の時期を自在に操れるようになった。三つめは、受精卵の遺伝情報を調べる方法が開発され、それらを選ぶだけでなく、将来は操作が可能になるかもしれない。
 不妊治療で提供されるサービスは、これら三つの要素が組み合わさる。性的マイノリティーやシングルの場合はさらに複雑だ。著者はその一つひとつに倫理的かつ社会政策的な観点から精緻に考察を加えていく。
 たとえば、少子化対策としても注目される卵子の凍結保存。加齢に伴って質・量ともに低下する卵子を若いうちに採取して凍結保存しておく。最近は福利厚生の一環で費用を補助する企業もあるが、そこに潜む危うさをあぶり出し、少子化の解消にも寄与しないだろうとの見解を導く。
 不妊治療への保険適用も少子化問題の解決にはつながらないとの見方が示される。当事者には朗報かもしれないが、技術の画一化や停滞をもたらしうるとの指摘は見落とされがちな視点といえよう。
    ◇
くぐ・こうじ 1957年生まれ。東京都立墨東病院産婦人科部長。東京大附属病院での体外受精の導入などに従事。