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爪切男さんインタビュー 私小説の新星がさらけだす、屈折した恋と愛の記憶

文:土佐有明 写真:家老芳美

「妄想力」が鍛えた表現力

――同人誌即売会「文学フリマ」で『夫のちんぽが入らない』のこだまさんらとユニットを組んで活動していて、頒布した同人誌『なし水』やブログ本は、行列をなすほどの人気ぶりだったそうですね。

 きっかけはTwitterだったんですよ。元々名前は知っていたこだまさん、乗代雄介さん、たかたけしさん(漫画家)も同じ時期にTwitterをやっていて、文学フリマで本を出そうってなったときに、たかさんを中心にみんながつながった。声をかけてもらえて運が良かったです。『死にたい夜にかぎって』のヒロインでもある恋人のアスカがTwitterをやっているのを見て「全然面白くない」って全否定してたくせに、振られた途端、そのTwitterに全力でのめり込んで、そこでの出会いをきっかけに夢を叶えるんだから、最低な男ですよね。

 人生、頑張り時っていうか恥のかき時というのがあるみたいで、それを逃すか逃さないかだと思うんです。同人誌を作る時は僕が一番恥を捨てた瞬間だと思います。なんなら同人誌を作るのも少し恥ずかしかったし、創作ではなく自分を題材に物語を書くのも気恥ずかしかった。こだまさんも、仲間内でしかしゃべっていなかった「夫のちんぽが入らない」のエピソードを色々な人が読む同人誌に綴ったわけで、あそこは転機ですよね。それがあったから、沢山の人に文章を読んでもらえたし、『SPA!』の編集者さんとも出会えたし、色々な可能性が広がっていった。

――今回の3冊連続も含めて計4冊が世に出るわけですが、昔から文章を書くのは好きだったんですか?

 小学生の時、ガキ大将に「俺の夏休みの絵日記の文章を考えろ」って言われて、他人の夏休みを丸ごと全部創作で書くことになったんです。イジメられたくない一心でやってみたら結構うまく書けたんですよね。家族構成、好きな食べ物、趣味なんかを事前に聞いて参考にしました。それで味をしめちゃって、次の年は「君の絵日記考えようか?」って自分から売り込みかけてやるようになったんです。最終的には15人ぐらいの日記を考えてかなり儲かりました。生徒ごとに文章の癖なんかも分析してうまく書き分けたので、先生にもばれなくて。

――その頃から表現力というか妄想力が豊かだったんですね。

 そうですね。あと僕の学生時代ってファミコンゲームの「ドラゴンクエスト」が流行っていたんですけど、僕は家が貧乏だから買えなくて。ゲーム雑誌に載ってる情報から、自分で勝手に「ドラクエ3」の物語や設定を想像して、ノートに山ほど書いていたんです。それを友達に見せたら「ゲームよりこっちが面白いよ!」って言ってもらえて。それからは「ヘラクレスの栄光」とか「ファイナルファンタジー」に「ウィザードリィ」とか、やったこともないゲームも書くようになっちゃって。

 多少なりとも書くことに自信ができたのは、それらがきっかけでしょうね。作家になろうと思ったというより、家が本当に貧乏で8歳から内職バイトを手伝わされたり親父が厳しかったり、母ちゃんがいなかったり、とにかくしんどいことが多かったので、妄想に耽ったり、ちょっとした工夫をして、辛い生活の中にも小さな楽しみを見つけていたんです。創作的なやり方で付加価値をつけるというか。それが積み重なった延長線上に、僕の場合は文章を書くことが必然的に生まれてきたんだと思います。あとは色々な人との縁ですよね。

――著作を読むと、お父さんからの影響が大きかったことが分かります。

 新刊の『もはや僕は人間じゃない』では長年険悪だった親父との和解を、『働きアリに花束を』では、働き者だった親父の栄光と挫折を書いてます。僕の人生に良くも悪くも一番影響を与えた人だから書けることは多いですね。

 影響って言えば、小学4年生の時に親父に言われた衝撃の言葉があるんです。簡単にまとめると「お前は俺に顔が似てブサイクやから、学生のうちは全然モテへんやろう。ただ、大人になったら、見てくれじゃなくて内面でモテ始めるから、そのときが来るまで我慢しろ」って言うんですよ。だから恋愛ができなくても、自分はブサイクだからって内にこもるんじゃなくて、クラスメイトの可愛い子の顔とか声とか思い出を覚えとけって。それはお前の自由だし、罪にも問われないから。今考えると何てこと言ってんだと思うんですけど、これがきっかけで『クラスメイトの女子、全員好きでした』という新作が出来上がったんですよね。ある意味、親父のおかげです。

――幽霊からデヴィ夫人、仏像まで幅広く性的魅力を感じられると書いてありましたが、そういった生い立ちゆえ?

 死んでる幽霊より親父の方が怖かったので、幽霊を怖いと思えなかったんです。それどころか女性の幽霊に魅力まで感じちゃって。幽霊に母性を求めてるんですかね。幽霊も可愛いですけど、仏像もいいですよ。「菩薩」って悟りをひらきかけてるけど、まだ仏にはなれていない状態の人のことを言うんですけど、そのギリギリ悟りをひらいてない感じ、仏と人の境目にいるのがめちゃめちゃエロいなって思って(笑)。弥勒菩薩とか、体の線が丸みを帯びていてすごくセクシーなんですよ。

存在することを許してくれるだけで好き

――本格的に小説を書き始めたのは上京後ですか?

 元々作家になろうと思って東京に出てきたんですけど、アスカと同棲していた6年間は小説をまったく書いてなかったです。彼女が病気で自宅療養中なので、自分が生活費を稼がないといけないから小説どころじゃないという建前で。仕事はハードだけどその分給料がいい渋谷のWEB制作会社で馬車馬のように働いていたから、創作にあてる時間がない。今考えると都合のいい言い訳ですよね。彼女を守るために純愛を貫いている自分に酔っていただけなのに。

――爪さんは女性を美化し、崇拝しているところがありますよね。

 例えば、喫茶店で同じフロアにいる女性というか、そこにいるお客さん全員が好きです。こんな俺が店内に存在することを許してくれるだけで好き。たくさん席が空いているのに、僕の隣の席に座ってきたりしたら、もう一目惚れですね。

――『死にたい夜にかぎって』に登場する女性も全員個性的でしたよね。全校生徒あこがれのマドンナなのに、爪さんを毎日屋上に呼び出してビンタする同級生や、変態を相手に唾液を売って生活していた元恋人…。

 そうですね。初めて付き合った女性はカルト宗教の信者で、地元の自衛隊の男ほぼ全員と関係を持っていると噂された子でしたし。初恋の子はヤンキーの女の子で、その子に自分の自転車を盗まれるとかいろいろありましたね。まあ女性に関することは、あの本でほとんど吐き出したので、自分の中では心の整理がつきました。

――4月26日に出る『クラスメイトの女子、全員好きでした』は、小学校から高校までに出会った女子生徒たちを描いています。どの子も人には言えない強烈な裏の一面があって、しかもその思い出を美化していますよね。

 大人になってから、もう一度子供の頃に戻って、思い出のヒロインたちと恋をした感じです。僕の中ではいい思い出にしちゃってるんですけど、実際に出てくるクラスメイトのヒロインたちは、「いやいや、こんなに素敵な思い出じゃなかった」って言うでしょうね。ただ、僕は過去の思い出をどうしても美化しちゃう癖があって。

――その恋人のアスカにふられたくだりが2018年の『死にたい夜にかぎって』にありますが、当時はそうとう辛かったようですね。

 はい。部屋にいると同棲していた頃の思い出が浮かんできて辛いので、夜はいつも近所の富士そばに行って、かつ丼一杯をゆっくりゆっくり食べて、毎朝5時まで居座わってました。お店の人からすると迷惑だっただろうけど、帰れとは言われなかったんです。それどころか「いつもありがとう」とか「あんた太ってるんだからかつ丼ばっか食べたらダメだよ」って優しい言葉をかけてくれて。

 だから、この店員さんならいいかと思って、彼女にふられたことを正直に話したんです。そしたら、「他のお客さんに迷惑かけないなら別にいてもいいよ」と許してくれて。あの御恩は一生忘れないですね。

小説を書けば自分が分かる

――個人的には私小説然とした作品を書き続けて欲しいです。

 自分が小説を書こうと思った時、やっぱり自分の好きな作家である中島らもさんや西村賢太さんが浮かんできて。あの生き方と作品を見ていたら、自分が何かを書く必要なんてあるのかなって思いました。でも、だからこそ書かないと俺はダメになるって、無理やり気持ちを奮い立たせて書いてますね。実は西村さんには『死にたい夜にかぎって』を読んで頂いて、コメントまでもらったんです。すごく嬉しかったですね。

――箱庭療法や音楽療法があるように、私小説療法というのもあるかもしれませんね。身体中の毒素を出すみたいな。

 これは小説に限らずだと思うんですが、日記でもなんでも文章を書いているうちに自分の気持ちが少しずつ整理できてくるんです。だから、書くことが浮かばないとか言っている人は、とりあえず自分のことから書き始めてみればいいのになって思いますね。上手く書こうとか考えずにありのままを書けばいいと思います。恥ずかしがることもないですし。僕の作品を読んで、これなら自分でも書けるかも、書いてみたいかもと希望を持つ人がいたら嬉しいですね。

――私小説家は生活が安定してくると途端に作品がつまらなくなる、とも言われます。

 自分でも思いますね。東京に来た時は、上京初日に貯金が尽きたので、朝も夜も日払いの派遣仕事に明け暮れてギリギリの生活をしていました。そんなときだからこそ、たくさんの魅力的な人に出会ったし、いろいろ面白い経験をしました。そのあたりのことも『働きアリに花束を』に詳しく書いてますね。

 でも、作品のネタにしようと思って、自分から面白い経験をしようとかそっちの方向に舵を切り過ぎると、たぶん破滅しますよね。それをしたくないので、僕はもっと幸せになったうえで創作小説をちゃんと書きたいです。

――今は体験をベースにした作品が中心ですが、今後は?

 創作小説っていっても、どうしても自分が体験した部分は入ってくるでしょうね。それは仕方ないです。その小説書いたあとはどうしようかなぁ。僕、10年先とか1年先のことは考えてない、せいぜい1週間。考えてもどうしようもない未来はもう諦めてるんですよね。

 自分がどんなに頑張っても、所詮、自分で変えられることって今日着るTシャツや晩御飯ぐらい。幕末の志士は日本の将来を変えるために自分の命を犠牲にしてでもって強い志で行動してたらしいけど、今、そんなことは誰にもできないと思う。だから僕は大口を叩かずに、自分の身の回りのことからボチボチやっていきたいですね。