1. HOME
  2. コラム
  3. 「夫のちんぽが入らない」書評 入ってこないすべての女性へ

「夫のちんぽが入らない」書評 入ってこないすべての女性へ

文:ウイ

 人のセックスは笑ってはいけない。でも、笑えないセックスがここにはありました。
滑稽で、異常で、呪われた夫婦の物語。それが「夫のちんぽが入らない」です。
著者のこだまさんは夫のちんぽが入らない女性です。夫のちんぽだけが入らない女性です。もう、全然入らない。笑えるくらい入らないのです。ちんぽが。

最初何をふざけているのだろうと不思議に思った。でん、ででん、でん。まるで陰部を叩かれているような振動が続いた。なぜだか激しく叩かれている。じんじんと痛い。このままでは腫れてしまう。今そのふざけは必要だろうか。彼は道場破りのように、ひたすら門を強く叩いている。
(30ページ)

 トンネル掘削工事、出産の逆再生、PK戦、暗証番号。入らないことを時にシリアスに、時にコミカルに表現されていますが、「こんなことある?」と驚くほど性器の不一致が発生しています。

 「ちんぽが入らない」

 とても非現実的な出来事に聞こえます。しかし、少し考えるとまったく珍しいことではありません。これは決して他人ごとではなく、この呪いはこだまさん夫婦のものだけではないのです。

 いるはずです。似たような境遇の人が。例えば「夫や彼氏のちんぽが入ってこない女性」。かつてはちんぽが入ってきたけど、最近入ってこない女性。入るべきちんぽが入ってこない、ちんぽが入ってこようとしない女性。言い換えるとセックスレスな夫婦、カップル。

 「夫のちんぽが入らない」は最大の愛情表現のひとつであるはずのセックスが無くなってしまったにもかかわらず、そのことを見て見ぬふりを続ける夫婦やカップルへのアンチテーゼでもあるのです。

 いたはずです。こだまさんの物語に「ははは」と笑いながらも「いや、笑い事じゃねえな」と感じた方が。こだまさんの物語に「うちはセックスレスだけど、これよりはましかな」と感じながらも「ちんぽ、全然入ってこねえな、前に入ってきたのいつだ?」と思い出すのに時間がかかる女性が。「夫のちんぽが入らない」「夫や彼氏のちんぽが入ってこない」似て非なるものではありません。ほぼイコールのはずです。

 セックスは愛情表現です。

 相手に欲情し、身体が変化し、セックスを行う。そのことで無形である思いやりや優しさや愛を伝えるための行為です。そこに愛があれば別に挿入は無くともいいよという方もいらっしゃると思います。しかし、セックスレスとはもともとできていたセックスを失っているのです。立っていたちんぽが立たなくなったり、入ってこようとしなくなるのです。

 こだまさん夫婦は初めからセックスがありませんでした。愛し合おうと、入らないちんぽを入れようとジョンソンベビーオイルやメロンの香りのローションを駆使します。大仁田厚ばりの流血を伴いながら。セックスレスの夫婦、カップルはもともとあったセックスを失っています。セックスレスが原因で離婚する夫婦やカップルだって珍しくありません。だから、入らないことに絶望し、後ろめたさを感じ、必死に入れようとするこだまさんの姿からセックスレスのカップルや夫婦は目をそらしていけないのです。笑ってはいけないのです。このままセックスが無くてOKなのか、まるで兄妹のような関係のままでいいのか再考するべきなのです。「好きな人とセックスがしたい」という感情は性欲とイコールではないはずです。セックスを断る男性は、その度に女性のメンタルがどうなっているのかを、セックスを断る女性は、その度に男性のプライドがどうなっているのかを、一見、滑稽で、異常にも見えるこだまさん夫婦の姿から考える必要があるのです。

 冒頭、僕は「滑稽で、異常で、呪われた夫婦の物語」と書きました。しかし、きっとこれはどんな夫婦よりも純粋で、無垢で、支えあって生きている「純愛の物語」です。セックスという最大の愛情表現を神様から与えられなかった夫婦の、それでも懸命に愛を確かめ合う姿からは、どんなラブストーリーよりも確かな愛を感じるのです。

 セックス後進国、日本。年間のセックス回数は世界で一番少ないとも言われています。ぶつかり合わず、入るのに入れず、見て見ないふりをする。本当はとても大切なことなのに、セックスレスの夫婦やカップルはまるで臭いものに蓋をするようにセックスから目を背ける。そんな僕たちのほうが滑稽で、異常で、呪われていると思わざるを得ない。「ちんぽが入らない」ことをまるで他人事のように笑いながらも、自らもセックスから遠ざかる僕たちへの警告なのです。

 そして、もう一つ。この物語はちんぽが入らないことで出てくる弊害にぶつかりながらも懸命にいきるこだまさんの姿から「自分もそのままでもいんだ」と勇気をもらえる物語です。

 例えば人生において大きな傷を負った人、トラウマを抱えている人、過去の体験から大きな足かせをはめている人に向けた承認のメッセージでもあるのです。こだまさんはこう言っています。

私は目の前の人がさんざん考え、悩み抜いた末に出した決断を、それは違うよなんて軽々しく言いたくないのです。人に見せていない部分の、育ちや背景全部ひっくるめて、その人の現在があるのだから。それがわかっただけでも、私は生きてきた意味があったと思うのです
(195ページ)

 「私はちんぽが入らなくても大丈夫。幸せ。だからあなたが抱えている問題にもきっと意味がある。逃げずに、向き合って。きっと大丈夫だから」というこだまさんから僕たちへの応援歌。それが「夫のちんぽが入らない」です。