「うまくいかない人生を続ける意味はあるのか? 自分が書くからには、この問いに応えたい」。そう話す作家、呉勝浩(ごかつひろ)さんが新作ミステリー『おれたちの歌をうたえ』(文芸春秋)を出した。自らの挫折の経験も踏まえ、人生をやり直そうとする元刑事の姿を描いた物語だ。
還暦近いデリヘルの送迎運転手、河辺は突然の電話で、音信不通の幼なじみ佐登志(さとし)が死んだと知らされる。電話の主は佐登志からの「伝言」として暗号めいた詩を示す。
やがて明らかになるのは、河辺や佐登志が高校生だった1976(昭和51)年、故郷で巻き込まれたある悲劇。追われるように都会に出た彼らは互いに連絡を絶ち、河辺は刑事になるが組織からはじき出され、佐登志は後ろ暗い稼ぎに手を染める。
お互い、どこで道を間違えたのか? その答えを求めるように、河辺は佐登志の残した暗号に導かれ、かつての悲劇の真相に迫っていく。
執筆のきっかけは編集者から「呉さんの『テロリストのパラソル』を書きませんか」と打診されたこと。
故藤原伊織が、全共闘世代の挫折をモチーフに描いた名作ミステリーは「中学生の時、初めて自分の小遣いで買った思い入れのある単行本。ただ、自分が経験していない学生運動を題材に書けるのか、と」。
そこに、前作『スワン』が日本推理作家協会賞と吉川英治文学新人賞をダブル受賞したことで、「狭いシチュエーションのミステリーは書けた手応えがあった。次は主人公を通して時代を描くような構えの大きなものに挑戦しようと」。
『テロリストのパラソル』では、革命の夢に敗れた者のその後が描かれた。「中学生の時は、矜持(きょうじ)を持った敗者にあこがれた。でもいま自分が書くなら、美しく終わらせたくない。負けてもあがいて、抵抗し続ける姿を書きたかった」
呉さん自身、「何者かになれる」と自信を抱いて大阪芸術大学で映画を学んだが、卒業後はアルバイトを転々。不遇の日々、持て余した時間で小説を書き始め、大学卒業から約10年後の2015年、江戸川乱歩賞を受けた『道徳の時間』で作家デビューした。「日々を積み重ねること、そのこと自体の価値を否定したくない」
謎は解け、人生が残る。そんな読後感が印象的だ。「小説は終わっても、登場人物の人生は続いていく。そう思ってもらえる作品を書きたい」(上原佳久)=朝日新聞2021年4月14日掲載