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安藤由紀さん「いいタッチわるいタッチ」 未就学児も理解できる性教育絵本

文:澤田聡子 プロフィール写真:本人提供

「プライベートゾーン」の大切さ

――ある日、プールに遊びに行った3人の子どもたちは「くちと みずぎでかくれるばしょは じぶんだけの たいせつな ばしょ。さわっていいのは じぶんだけなの。」と、ママに大事なことを教わる——。人権ファシリテーターでもある絵本作家の安藤由紀さんが、小さな子どもに向けて「プライベートゾーンの大切さ」について描いた性教育の絵本『いいタッチわるいタッチ』(復刊ドットコム)。2001年に出版された後は品切れとなっていたが、読者からのエールにより16年に復刊。教育・福祉関係者や保護者からの支持を受け、版を重ねている。

『いいタッチわるいタッチ』(復刊ドットコム)より

 2001年に出版した『いいタッチわるいタッチ』は、「だいじょうぶの絵本」シリーズ(復刊ドットコム)の1作目。人に見せたり、触らせたりしない場所である「プライベートゾーン」をテーマにしています。シリーズ2作目の『あなたは ちっとも わるくない』は「子どもの虐待」、3作目の『わたしがすき』は「自己肯定感」がテーマ。日本でそれまで出版されてきた子ども向けの性教育絵本というと、男女の体の仕組みや、赤ちゃんはどうして生まれてくるのか、といったもののほうが多かった。「だいじょうぶの絵本」シリーズは、当時としては新しい題材に挑戦したものでした。

 こうしたテーマで絵本を作りたいと思ったのは、『とにかくさけんでにげるんだ わるい人から身をまもる本』(岩崎書店)の翻訳を手がけたことも、一つのきっかけです。1980年代から90年代にかけて、何度かカナダへ行き、性的虐待被害者の治療プログラムの研修にコーディネーターとして参加しました。現場をよく知る学校カウンセラーや、学校付きの警察官から講義を受けたのですが、そのときに出会ったスティーブという若い警察官が、『とにかくさけんでにげるんだ』の原書のコピーを渡してくれたのです。

 公園で知らないおじさんに声をかけられたら……。顔見知りの大人に性的な接触をされたら……。『とにかくさけんでにげるんだ』は、性被害の防止について、子どもの目線で描かれた画期的な絵本でした。99年に日本で翻訳出版してから、ありがたいことにロングセラーに。この絵本の存在が土台としてあったからこそ、「性被害の予防教育」というテーマを柱にしたシリーズが作れたのだと思います。

「いいタッチ」と「わるいタッチ」の違いは

——嫌がっても止めてくれないくすぐりや、痛みを与えるキックやパンチ、誰かが「むねやおなかやせいき」を触ってくるのは、「わるいタッチ」。一方、お母さんの抱っこやお父さんのおんぶ、友だちと手をつないだり、腕を組んだりすること……相手に優しくしたいという思いから生まれるのが「いいタッチ」。温かみのある画風で描かれた動物のキャラクターが登場し、小さな子どもにも分かりやすく説明してくれる。

『いいタッチわるいタッチ』(復刊ドットコム)より

 「わるいタッチ」だけ描くと、子どもは通常のスキンシップにも恐れを持ってしまうかもしれない。信頼できる人が「あなたを大事に思っている」と伝えるための触れ合いと、「わるいタッチ」は全く違うものなんだよ、というメッセージを込めて、それぞれの場面を作りました。

 私が気に入っている「いいタッチ」の絵は、保育園の先生がお昼寝している子どもたちをとんとんしてあげるシーン。子どもが小さかったころ、当時通っていた保育園の先生が、やさしく子どもたちを寝かせている情景を思い出して描きました。すやすやお昼寝している無防備な姿を見て、「子どもたちは絶対に守られるべき存在なんだ」と胸が熱くなったことを覚えています。

子どもの「こころとからだ」を守る

——「もし だれかが、むねや おなかや/せいきを さわってきたら、/それは わるいタッチなの。/すぐに はなれて にげるのよ。/さわられたとき きもちが よくても、/こころが へんだとおもったら/それが しってるひとでもね。/そして だれかに すぐに はなして。」絵本では、「わるいタッチ」を受けたときにはどうすればいいのか、具体的なアドバイスが描かれている。

『いいタッチわるいタッチ』(復刊ドットコム)より

 制作していたとき、当時の担当編集さんと議論になったのが「さわられたとき きもちが よくても」という一節。私としては、どうしてもここは削除したくなかった。人体はとても敏感なので、不本意な接触にも快感を感じてしまうことがあります。性暴力被害者のサポート活動などを通じて出会った女性や子どもたちは、被害者なのに罪悪感を持って苦しんでいました。それは単なる生理的な反応であって、あなたはちっとも悪くないし、恥ずかしいことではないんだよ、と伝えたかったんです。

 「自分のからだを大事にしようね」「こういうときは危ないよ」「こころが嫌だと感じたら素直に言っていいんだよ」……など、幼少期から伝えておかなければいけないことはたくさんあります。ことばが理解できなくても絵を見るだけで、3歳ごろからなんとなく分かるはず。こうした性教育をテーマにした絵本は、すぐ手に取れるところにさりげなく置いてあり、繰り返し読めるという環境が大事です。

 また、子どもに性について尋ねられたら、親は科学的な言葉で正確な知識を教えてあげること。その場限りでごまかしたりしない、ということもポイントです。性を語るとき、親は極力フラットに伝えるようにすると、子どもも恥ずかしがったり、忌避感を覚えたりすることはなくなります。また、入浴の際やオムツ替えなどで小さな子の「プライベートゾーン」に触れる際は「失礼しま〜す」とか「さわってもいいかな?」など、何かひと言添えてあげるといいですね。「自分のからだは自分のもの」という意識が生まれ、自己肯定感を育むことにもつながります。

思春期向けの性教育絵本も作りたい

——最新作は2021年1月に出版した『ぼくのいのち』(復刊ドットコム)。コロナ禍で件数が増えているという「DV(ドメスティック・バイオレンス)」に、真正面から取り組んだ意欲作だ。

『ぼくのいのち』(復刊ドットコム)より

 日本の絵本でDVをテーマにしたものは、これまでほとんどなかったので自分にとってもチャレンジングだった作品です。企画から3年半かけて、納得のいくものを作り上げました。自治体のケースワーカーの仕事に携わったこともあり、親から子へと受け継がれる「DVの再生産」という構造を繰り返し見てきました。この暴力の連鎖をどう断ち切ればいいのか。行政ではカバーできない支援をするにはどうすればいいのか。「絵本」という媒体で、私にできることはないのかを考えて、描きました。

 『ぼくのいのち』は大きい子に向けて、『いいタッチわるいタッチ』は未就学児から小学校低学年が読めるように描いた本。今後は、その中間に位置するような、思春期の入り口にいる子どもに向けた「だいじょうぶの絵本」シリーズの続編を描いてみたいですね。未来を背負う子どもたちに、「自分のこころとからだを守る大切さ」について、これからもずっと絵本を通じて発信していきたいと思っています。