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牛窪良太さんの絵本「ペンギンホテル」 “なぜベス”の精神で細部にこだわり

『ペンギンホテル』(アリス館)より

描きたいイメージから絵本を組み立てる

――広い海のどこかに浮かぶ、氷でできた「ペンギンホテル」。「とめておくれ」最初にやってきたのは、世界中を旅するライオン。「ようこそ ペンギンホテルへ」出迎えるのはペンギンのベルボーイたち……。次はどんなお客さんが泊まりにくるのか、ページをめくるのも楽しい牛窪良太さんの絵本『ペンギンホテル』(アリス館)。牛窪さんは作品を考えるときは、はじめに描きたい絵のイメージがあり、それをもとにストーリーを組み立てていくという。

 どの作品を作るときも、描きたい絵が先にあります。『ペンギンホテル』は、「ペンギン」と「ホテル」という大きな題材があって、描きたい絵としては「ホテルの断面図」「氷山」「オーロラ」「トランク」のイメージがありました。そこから、「オーロラ」を入れるにはどうするか、「断面図」を描くためにはどういう展開にするといいか、というふうに考えていきました。

――宿泊客は、ライオン、キツネ、シロクマ、アザラシなどさまざま。最後には「あの人」もやってくる。

 ホテルがあるのは南極の想定なので、宿泊客は寒いところに住むお客さんだけにしようと考えていましたが、編集者の方と、ぼくのプライベート編集者でもある奥さんに「ぜったいライオンとか、ほかの大陸の動物たちも出てきたほうがいい」と言われて、考え直しました。最終的には、シロクマやアザラシだけだと閉ざされた世界になってしまうので、ライオンたちがいてよかったなと思っています。

 最後にやってくるサンタクロースは、最初から考えていました。白いおヒゲで赤い服を着てトナカイが引くソリに乗ってくるのですが、あえて「サンタ」という言葉は使わず、「さいごのおきゃく」として表現しています。

牛窪さんのクロッキー帳より=本人提供

――描きたかった「トランク」は、ライオンの荷物に。ペンギンたちがトランクを頭上に抱えて運ぶ姿がかわいい。

『ペンギンホテル』(アリス館)より

 大きなトランクを小さなペンギンが運んでいる姿と、トランクに貼られた他のホテルのステッカーを細部まで描きたくて、見開き全面の絵にしました。ステッカーを見ると、ライオンが世界を旅しているのがわかります。「HOTEL PIG」「PANDA HOTEL」など、どんなホテルがいいか、どんなステッカーにしようかなど、ディテールを考えるのが好きですね。ペンギンホテルのロゴも考えて、スリッパやバスローブ、ゴミ箱に入れました。最後、ライオンが旅立つ時には、トランクに新しく「ペンギンホテル」のステッカーも貼られているので、そんな仕掛けも楽しんでもらえるとうれしいです。

「断面図」は、ホテルの中がどうなっているのか想像するのも楽しいです。ディナーの前にそれぞれ客室でくつろいだり騒いだりしているシーンと、みんなが寝静まっているシーンの対比になっています。地下1階のクジラが泊まる大きな客室は、自分でも「どんな構造になっているんだろう?」と、考えながら描きました。各客室に掛けられている「氷山の絵」もぜんぶ違うもので、これも描いてみたいものでした(笑)。

牛窪さんのクロッキー帳より=本人提供

各部屋のストーリーを想像してみて

――なんといってもかわいいのがペンギンたちの仕草。ぺたぺたよちよち歩いていたと思ったら、氷の上をすいーっと滑ってフロントへ戻っていく姿には、思わず笑ってしまう。

『ペンギンホテル』(アリス館)より

 ここは、奥さんが考えたところです(笑)。歩くだけじゃなく、ぜったい滑ったほうがいいって。腹ばいになって滑る「トボガン」っていう、ペンギン特有の移動方法を取り入れました。ペンギンのモデルはアデリーペンギンという、白黒のシンプルなペンギンです。タキシードを着ているみたいで、ホテルマンぽいイメージがありました。あれ? それも奥さんが言ったのかな? だいぶ前のことなので忘れてしまいました(笑)。

 ペンギンの仕草は、写真集やネットで見て調べました。ペンギン自体は、フリッパー(翼)の動きも大きくないし、足も短いので、そんなにポーズもないので、表情で変化をつけました。

『ペンギンホテル』は、本文に書かれていない物語、部屋ごとのストーリーを想像して読んでもらうと、お話により広がりが生まれると思います。前に、お子さんから「サンタのトナカイだけ外にいるのがかわいそう」という感想がありました。部屋が狭いからトナカイは外でも大丈夫なんだよ、というつもりで描いたのですが、子どもはよく見ていますね。みんなどんな夢を見てるんだろうとか、想像して読んでもらえるとうれしいですね。

『ペンギンホテル』(アリス館)より

――牛窪さんの作品は、細部まで描き込まれた絵とやわらかい色づかいも特徴。氷のホテルの、ひんやりした空気感や冷たい感触も伝わってきそうだ。

 基本的に色鉛筆で描いていますが、「氷」部分には「色鉛筆・アクリル絵具・クレヨン」を使い、重層的な「ムラ」をつくることにより、ツルンとした氷ではなく、何百年もそこで眠っていたようなザラっとした氷になるように心がけて描きました。たぶんあまり悩まずにイメージ通りに描けたと思います。

 今は色鉛筆やアクリル絵の具で描いた後、パソコンで加工していますが、当時は1枚絵で描いていたので、着彩をはじめたら描き足すことができませんでした。アクリル絵の具は上塗りして描けますが、色鉛筆は重ねられなくて。でも、着彩中にアイデアを思いつくことが多いので、今はパソコンに取り込んで加工するようになりました。はじめからパソコン上で描いたり着彩したりすることもできますが、アナログで描くのは守りたいなと思っています。いまさら、新しいことを覚えられないということもあるんですけどね(笑)。

牛窪さんのクロッキー帳より=本人提供

座右の銘は「なぜベス」「常に初陣」

――イラストレーターとして活動していた牛窪さんが絵本を手がけるようになったのは、奥さんの助言があったからだという。

 あるとき、ぼくが見た夢の話をしたら「その話を絵本にしたらいいんじゃないの?」って言われて。当時、クレヨンハウスで作品の公募をしていて、応募したら優秀賞に選ばれたんです。それは絵本にならなかったんですが、その後に描いた『ガボンバのバット』が第21回講談社絵本新人賞受賞に選ばれて、本格的に絵本を描くようになりました。

 奥さんに言われるまで、絵本を描くことは考えていなかったと思います。文章を書くのはわりと好きだったんですけど、子どもの頃に絵本を読んで育ったわけでもないし。奥さんは絵本や児童文学を読んで育ったので、いろんな意見をもらっています。喧嘩になったりもしますが(笑)。最初に絵本にすることを勧められたときは、表現方法の一つとしてトライしてみようかなと思ったのかもしれないですね。当時は、雑誌のカットやイラストを描いていて、紙媒体は消えていってしまうので、どこかで長く残るものを作りたいと思っていたのかもしれません。

――牛窪さんの絵本作りにおける座右の銘の一つは「なぜベス」だそう。

 ドラマ「トリック」で、阿部寛さん演じる上田次郎の決め台詞「なぜベストをつくさないのか」です。はじめは冗談半分で「なぜベス」と思いながら作品作りをしていたら、だんだん本当にそう思えてきて。毎回、とことん考えて、毎日作品に向き合っています。絵本作りは楽しいですね。デザイン事務所にいたこともあって、文と絵だけでなく、デザインもやらせてもらっているので、本当にひとつの作品、「絵本」を作っているという感じです。ぼくにとっては、見返しも大事。細かいことを考えるのが楽しいですね。ほぼ全ての能力を絵本に注いでいます。

――これまでに手がけた作品は12冊。当初は動物を主人公にしたものが多かったが、最近は食材などをキャラクター化した作品が多いという。

 動物がいやなわけじゃなくて、だんだん自分の描くタッチに飽きてきてしまうというか、同じような繰り返しになってしまって。タッチを変えて展開していくのは作家的にはどうかという気もするんですけど(笑)。もうひとつの座右の銘に、テレビ番組「水曜どうでしょう」で大泉洋さんが言う「常に初陣」というのがあります。絵本を描くとき、毎回、なにかアップデートしていこうと思っています。だから、タッチもこだわらない。自分の足跡を消しながら前進していくような感じです。1作1作、楽しんで作っていきたいです。

 もう少し、食材などを僕なりにキャラクター化した作品を展開していくつもりです。子どもたちの身近にある食べ物、例えば、いつも見ているニンジンは何を考えているんだろうとか、それをキャラクター化すれば、子どもたちも受け取りやすいじゃないかと考えています。