- 曲亭の家(西條奈加、角川春樹事務所)
- 本日も晴天なり 鉄砲同心つつじ暦(梶よう子、集英社)
- 初詣で 照降町四季(一)(佐伯泰英、文春文庫)
『心淋(うらさび)し川』で直木賞を受賞した西條奈加の受賞後第一作『曲亭の家』は、滝沢(曲亭)馬琴の息子・宗伯と結婚し、眼病になった馬琴の口述筆記をして『南総里見八犬伝』の完成を助けた土岐村路(ときむらみち)を主人公にしている。
お路は、両親がお気楽で明るかった実家とは異なり、傲慢(ごうまん)でこだわりが強い馬琴を前に家族が萎縮している滝沢家の陰気さに驚き、すぐ怒りだす宗伯と、わがままな姑(しゅうとめ)にも振り回される。
馬琴は身分の上下に固執し、男尊女卑も常識と考えているが、今年に入って公人の性差別発言が続いたことを思えば、日本人の意識は江戸後期から変わっていないといえる。それだけに逆境の中でも信念を貫きながらしたたかに世を渡り、馬琴が認める業績を残したお路は、見えない圧力に苦しむすべての人に勇気と希望を与えてくれる。
梶よう子『本日も晴天なり』は、将軍警護が本職ながら、微禄ゆえに内職のつつじの栽培で生計を立てている大久保の鉄砲同心・礫(つぶて)家の物語である。
礫丈一郎(じょういちろう)は結婚し息子もいるが、父の徳右衛門が元気で隠居しないため、得意のつつじ栽培を続けていた。丈一郎は、息子がいじめをしたとの疑惑を調査したり、命令で火薬を運んでいたら事件に巻き込まれたりするので、全体がミステリータッチになっている。
射撃の名手で常在戦場が口癖の徳右衛門に対し、太平の世に鉄砲など不要と考え換金性の高いつつじ栽培に励む丈一郎のジェネレーションギャップも面白く、日本の社会や企業の古い体質に違和感を持つ若い世代は、思考が柔軟な丈一郎への共感も大きいだろう。
価値観が違い喧嘩(けんか)も珍しくないが、心の奥では互いを信頼し何かあるとまとまる礫家は、理想の家族とは何かを考える切っ掛けも与えてくれる。
いくつもの人気シリーズを書き継いでいる佐伯泰英の『初詣で』は「照降町四季(てりふりちょうのしき)」の第一巻で、著者が初めて女性の職人を主人公にした作品である。
照降町にある鼻緒屋の娘・佳乃(よしの)は、美男で性悪の三郎次(さぶろうじ)と駆け落ちした。三年後、借金を作った三郎次に苦界に売られそうになった佳乃が、実家に逃げ帰る場面から物語は始まる。両親は温かく迎えてくれるが、病気の父は仕事ができず、浪人の八頭司(やとうじ)周五郎が雇われていた。鼻緒挿(す)げの仕事を再開した佳乃の奮闘を描く職人ものの中に、照降町の人たちが佳乃を連れ戻しにきた三郎次に立ち向かう人情ものや周五郎が元主家の派閥抗争に巻き込まれる武家ものの要素が織り込まれていて、どのジャンルが好きでも楽しめる。
挫折を乗り越え新たな一歩を踏み出す佳乃は、再チャレンジが難しい現代に一石を投じているようにも思えた。=朝日新聞2021年4月28日掲載