「マンガとアニメを軸に社会現象と化した本作は、メディア芸術分野の歴史にふさわしい厚みと現在性を兼ね備えている」。これは今年3月、文化庁が芸術選奨文部科学大臣新人賞に選んだ「鬼滅(きめつ)の刃」の作者・吾峠呼世晴(ごとうげこよはる)に対する贈賞理由の一節である。
昨年、ブームを起こした同作の中身はさておき、ここで注目したいのは「マンガとアニメを軸に社会現象と化した」という説明だ。事実、単行本は破格の販売部数を達成、劇場版アニメに至っては国内の興行収入新記録を樹立し、メディアミックスの相乗効果を最大限に発揮する格好となった。
メディアミックスの成功事例は、国産初の連続テレビアニメ番組「鉄腕アトム」が1963年に放映開始して以来、日本では枚挙に暇がない。だが、「鬼滅」に象徴される近年のケースでは、従来と比べ二つの要素が際立つ。一つはスマートフォンの普及、もう一つはさまざまな面での消費者のボーダーレス化だ。
2019年に電子コミックの売り上げが、雑誌と単行本をあわせた紙のマンガを追い越すなど、今やマンガ市場を支える主役はスマホである。動画鑑賞やアプリゲーム、関連情報の収集やファン同士の交信など、一台あれば作品を立体的に楽しめる。まさにマンガ・アニメ・ゲーム・メディアアートを包摂する「メディア芸術」分野のプラットホームと化している。
こうしたスマホの普及は、消費者のボーダーレス化に大きな影響を与える。世代、性別、国境などを超えるだけでなく、印刷物でマンガを読み、テレビでアニメやゲームを楽しむといった、従来のメディアとコンテンツとの関係を一変させた。その点でも、明らかに既存の枠を超えた個人体験や社会現象をもたらすことになる。
空前のスピードとスケールによる「鬼滅」の大ヒットがこのような背景を持つのなら、第二・第三の「鬼滅」が出現しても不思議ではない。むしろマンガやアニメ、キャラクターなど、作品を単体で、あるいは発表順に消費することが困難な時代に突入したとも言えるだろう。
マンガとアニメを含む、メディア芸術分野の「現在形」は、まずこの理解から始めるべきではないだろうか。=朝日新聞2021年4月27日掲載