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阿津川辰海さんの読んできた本たち ガイドブックや引用文を頼りに、虱潰しに(後編)

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大学でのサークル活動

――さて、大学に入った後も、文芸系のサークルに入ったんですよね。

 そうです。「新月お茶の会」という名前のサークルで、ミステリの投票もしているんですが、SFを読んでいる者もいれば、ライトノベルを読んでいる者もいれば、アニメの話をしたくて来ているという人もいて、みんなの共通点はオタクという、サブカルサークルという感じでした。私が入学した時の新人歓迎の読書会は課題図書が2冊あって、籘真千歳さんの『スワロウテイル 人工少女販売処』と、まだアニメになっていなかった山形石雄さんの『六花の勇者』というライトノベルでした。その2冊を2週に分けてやったんですが、犯人当て要素があるので私はミステリとして読み、SFとして読んだ人やライトノベルとして読んだ人と微妙に話が嚙み合わず、そこでお互いのスタンスを確認したんですよ。「ああ、俺は本当に骨絡みのミステリ読みなんだな」って。

――サークルで冊子も出していたわけですよね。

 会報は年に4回出していて、特集記事や小説を載せていました。殊能将之さんが亡くなった直後に追悼特集をしたり、河出書房新社から出ていた奇想コレクションの全作レビューをやったり。アニメ枠のノイタミナが10周年になった時はその全作品レビューとか。特集の企画は編集長が持ち回りでやっていたので、私もミステリ企画で2回くらい編集しました。

 あとは小説ですね。全員書くというよりは、書きたい人は書いていいよという感じ。お題に沿ったテーマ小説を書くか好き勝手に書くかも自由で、私はデビュー作の『名探偵は嘘をつかない』にも出てくる阿久津透という探偵の連作を書いていました。特集の担当記事でレビューや座談会をしながら創作をしているという感じで、そんなに本数は多くなかったです。阿久津透の連作も5作くらいしか書いていないですし、他に短篇が4、5本あるくらい。どちらかというと新人賞に投稿する原稿のほうにエネルギーを注いでいました。

――サークルとして年末のミステリランキングの投票もされていたんですね。

 高校の頃は本当に自分が読みたくて読んでいた感じですけれど、大学に入ってからはミス研として、新刊を評価して順位をつけてアンケートを送らなくてはいけなくて。1年生の頃はやっぱり昔の作品を読む時間が長かったので、国内の新刊は読んでいたけれど海外の新刊はあまり読んでいなかったんです。

 でも、1年生の時、サークル投票のための会議の場にふらっと行ったら先輩たちに「君、海外ミステリの新刊何冊読んだ?」と訊かれて「4冊です」と言ったら「1年生なのに4冊読んだのか」「僕らは1年生の時にその年の新刊そんなに読んでないよ」ってどよめきが起こったんです。「その4冊に順位つけてみて」と言われたので順位をつけたら、今でも仲良くしている、海外ミステリしか読まない先輩の評価と完全一致したんですよ。それで「お前は使えるな」みたいな感じになって。

 その先輩は、毎年海外ミステリの新刊を50冊読むことを目標にしていると言うんです。投票するまでに40冊読んで、その後の余った期間で、年末のランキングなどで気になったり読み残していたものを10冊読む。で、「1年生の時に4冊読んだってことは、来年は10倍読めるね」って言われました。「いや、そんなに読めないですよ」とその時は言ったけれど、2年の頃からもう40冊は読むようになりました。その翌年に先輩は卒業したので、そこからは私ともう2人くらいで海外ミステリの投票を回している感じでした。

――はあー。大変ですね。

 先輩の40冊、50冊理論には理由があって。毎月、まず東京創元社と、早川書房のポケミス以外の新刊をチェックする。そうるすと、必ず各出版社1冊ずつは絶対に読みたいものや面白そうなものが出ているから、どう考えてもまず2冊は読む。これを12か月繰り返すと24冊。ポケミスも年間12冊出るけれど、純粋に面白そうなものや読みたいものを読むだけで確実に半分の6冊は読む。これでもう年間30冊になる。さらに毎月、集英社とかハーパーコリンズ、KADOKAWA、扶桑社などから面白そうな海外ミステリがぽろぽろ出てくるから、そこから月に1冊か2冊読んでいく。1か月に1冊選んで読むだけでも、あっという間に年12冊。24+6+12で、もう42冊読むことになるわけです。「ね、40冊いけそうな気がしてきたでしょ」と言われて、いけそうな気がしたんですよ。洗脳されました。どう考えても、学生の財布事情には優しくない提案なんですけれど。

――確かに学生の頃は、新刊の数をこなすためのお財布事情が大変ですね。

 今なら社会人なので40冊といっても「まあ買えるかな」という気になりますけれど、よくあの頃40冊読んでいたなと思います。今は海外文学も読むことが増えたので、40ではきかない量を読んでますね。しかも先輩は海外の小説しか読みませんが、私は国内の新刊も読むので、単純計算で倍なんですよ。

 ただ、一応、サークル投票をしていると、出版社の方が見本を送ってくださることがあるんです。ありがたかったですね。国内の新刊の時は戦争が起きるんですよ。1回すごかったのは、麻耶雄嵩さんの『貴族探偵対女探偵』が送られてきた時で、「俺が先に読む」「いや、俺のほうが麻耶愛は深い」「お前は今まで麻耶雄嵩をどれだけ読んできたのか」と、先輩まで参戦してきて大喧嘩になったんです。結局、すぐに読んでその日のうちに返しにくる、みたいな慌ただしさで回し読みしました。

頼りにしたガイドブック

――サークルでは、その海外ミステリ読みの先輩が師匠的な存在だったのですか。

 その先輩にはいろいろ教えてもらいました。でも高校生活後半からの影響で、自分で探そうという方向に意識が働いていたので、参考にしたのが、これ、ボロボロなんですけれど...(と、『東西ミステリーベスト100』を見せる)。

――ああ、文藝春秋の。

 ちょうどセンター試験の時期に出たので、買うだけ買っておいて、東大の国公立二次の試験が終わった後にこれを読みながら、「よし、受験も終わったから1から順に、読んでないやつを読むぞ」と決めて、律儀にチェックをつけながら読んでいったんですよ(と、なかのページを見せる)。

――レ印がつけてありますね。ほとんどふたつ印がついていますが、これは。

 ああ、下の段のチェックは高校3年から大学1年の頃に入れたもので、上の段は、後にもう1回付け直したんです。高校3年生の頃は松本清張に冷たかったので、松本清張の本には全部チェックが入っていない。でも、その後読んだから上の段には印が入っているという。

 ベスト10のなかでいうと、これを買った頃は中井英夫さんの『虚無への供物』はもう読んでいましたけれど、夢野久作さんの『ドグラ・マグラ』と松本清張さんの『点と線』はまだ読んでなかったんですね。それでこの時期に読みました。海外ミステリは本当に抜けていたので、ひたすら読んでいって。

 この頃はこうしたガイド本を頼りにしながら虱潰しに読んでいたんですが、はまったのが『本格ミステリ・フラッシュバック』という、東京創元社から出ていた本でした。松本清張さんが登場した1957年から綾辻行人さんが登場する1987年の間って、よく「本格ミステリの冬の時代」と言われるんですけれど、この頃にもいろんな作家が面白いものを書いているよって紹介していく書評集というかガイドブックで、これを読みながら昔の作品を読んでいました。この本のおかげで小泉喜美子さんの『弁護側の証人』が復刊したんじゃないかと思うんですよね。この本が出たのが2008年で、『弁護側の証人』が復刊したのが2009年ですから。磯部立彦さんの『フランス革命殺人事件』というミステリが面白いんですが、それもこの本で知りました。バークリーの『毒入りチョコレート事件』などの翻訳で知られる高橋泰邦さんが自分でも海洋ミステリを書いていたというのもこの本で知りました。他には、海渡英祐さんとか、笹沢左保さんとか。陳舜臣さんも中国の伝記の人だと思っていたのにこんなにミステリを書いていたんだってびっくりして、ガンガン読んでいきました。西村京太郎さんも初期作のめちゃくちゃ面白いものを紹介してくれていましたね。あの頃、大学の友達と古本屋に足繫く通っていたんですけれど、必ずこれを持っていきました。「高橋泰邦、あったぞ」って言って、この本を眺めながら、「これはここに紹介されている」「これは挙がってないけど、でも面白そうだから買うか」と言い合っていました。

――ああ、阿津川さんは今、光文社の「ジャーロ」のサイトで「 ミステリ作家は死ぬ日まで、黄色い部屋の夢を見るか?」という読書日記を連載されていますが、その第10回で高橋泰邦さんを紹介されていましたよね。昔のミステリをよくご存じだなと思っていました。

 こういうガイドブックは本当にありがたいです。ちなみに、この本も買った時にチェックを入れていったら、2人だけ、ここで挙げられている作品に全部チェックがついた作家がいて、それが泡坂さんと都筑さんでした。今でもこの二人は特別ですね。

――さきほどからお話をうかがっていると、面白くなかった作家や作品も、後からいろいろ再読したり良さに気づかれたりして、いい読書をされているなあと思って。

 ああ、鮎川哲也も中高生の頃に『りら荘事件』などを読んだんですが、『黒いトランク』はよく分からなかったんですよ。P・D・ジェイムズのコーデリア・グレイものとかも、最初は良さが分からなかった。大学の頃にちょっと入院したことがあって、とにかくゆっくり読める本をと思って、鮎川哲也の鬼貫警部ものと、P・D・ジェイムズを持ち込みました。その時に『鍵孔のない扉』と『ペトロフ事件』を読んで、はじめて鮎川哲也の面白さに開眼しました。細かい手がかりとそこからの観察を積み上げる手つきが面白くて、世間的にはB+とかB評価ぐらいのものがやけに肌に馴染んだんです。P・D・ジェイムズもこの時にはじめて良さが分かったんです。ダルグリッシュ警視シリーズの『ナイチンゲールの屍衣』が病院で読むのにうってつけだったし、一番好きな『黒い塔』もダルグリッシュが入院しているシーンから始まるので(笑)。このお二人は、ゆったりできる時に読むのがいいですね。

 中高生の時には面白さが分からなかったものはたくさんあります。コリン・デクスターもそうで、高校生の時は分からなかったです。西澤保彦さんが『キドリントンから消えた娘』を読んでいると知って「面白いに違いない」と思って読むんですけれど、高校生の時はド派手ですごいトリックとかを求めがちだから良さが分からなくて、大学に入ってから読み直してよく分かりました。今では『森を抜ける道』『死はわが隣人』『悔恨の日』などの後期作が大好きです。最近では恩田陸さんの『灰の劇場』が震えるくらいに面白かったので、恩田さん特集のムック『白の劇場』を読んで、あれのおかげで恩田陸を頭から読み返したくなっちゃって。中学生の頃に理解できなかった『中庭の出来事』を読み返したら、もうめちゃめちゃ面白くて。中学生の時にはそりゃね、何が起きているか分からなかったな、って。

在学中にデビュー

――学生時代にミステリを書いて新人賞への投稿を始めたわけですよね。

 そうですね。大学2年の時に、まだホラー大賞と統合されていなかった頃の横溝正史ミステリ大賞に1回応募して、犯人当てっぽい話をライトノベルの賞に1回応募して、その後、光文社の新人発掘プロジェクトの「カッパ・ツー」に応募したら受賞してデビューが決まりました。

 その頃はサークルで「俺が俺の書きたいものを書くしかない」と気づいたきっかけがあって。最初のコンパの時に同期の一人と「綾辻行人が好きだ」という話になって「それじゃあ綾辻行人のベスト5を挙げようぜ」と言ったら、重なったのが『時計館の殺人』だけだったんですよ。他は彼が『緋色の囁き』を挙げて私が『暗闇の囁き』を挙げたりして「なんで」となって、もう新歓コンパからそいつと喧嘩を始めたんです(笑)。

 それから先、投票の時とかに新刊のミステリの話になっても全然意見が合わないし、喧々諤々なわけです。いや、今でも仲は良いんですけどね。ただ、お互いのこだわりがある、というだけで。だから「俺は俺が書きたいものを書くしかない」と。投稿を重ねていきました。

 あとは、新月お茶の会が参加していた全日本大学ミステリー連合の活動も大きかったです。昔は関西と統合していたらしいんですけれど、私の頃は関東の慶應大学とか早稲田大学とか成城大学とか、そのあたりのミステリ研究会が集まって月に1回飲み会をしながらいろいろ話す場があったんです。そこのOBとして千街晶之さんや杉江松恋さんがいらっしゃって、その直前に『東西ミステリーベスト100』を読んでいるので「うわ、あの座談会にいた人たちだ」となって。その一方で、文藝春秋の永嶋俊一郎さんが「いやあ、ジェフリー・ディーヴァーの新作が出たんだよ」って原書を抱えて颯爽と入店してきたりするわけです。それを見ていたら、だんだん小説家になりたくなっていきました。そこにいる自分を想像し始めちゃったんです。高校時代に司書さんが転勤しちゃってから一人で読んできたところ、サークルで意見は合わないけれどめちゃめちゃ仲のいい同期ができたり、ミス連でこの仕事をがっつりしている大人たちの姿を見たのは大きかった気がします。

――デビュー前から錚々たる方たちとお知り合いだったのですね。

 1、2年の頃はそんなに認識されていなかったと思うんですけれど、3年になった時に私が幹事になって、1年間運営に関わったんです。その時に村崎友さんをゲストにお呼びしたんですよね。『夕暮れ密室』を出された年です。杉江松恋さんが村崎さんと仲が良くて、それで和気あいあいとしつつ、その頃から川出正樹さんにもいろいろ新刊の話をしながら昔の本で面白いものを教えてもらうようになって、すごくありがたくて。やっぱり新刊の話ができたのは大きかったですね。

――「カッパ・ツー」に応募したのはどうしてだったのですか。

 大学2年の時に「カッパ・ツー」の第一期の募集要項が「ジャーロ」に載っていたんです。選考委員の石持浅海さんと東川篤哉さんは中学生の頃から読んでいるし、「本格を求める」とあって、これは応募するしかないと思いました。

 会報で書いていた阿久津の話は一話完結の連作で、ちょうど『名探偵は嘘をつかない』で書いた事件を大オチに考えていたんです。友達から「カッパ・ツー」のことを聞いて、今思いついているネタで面白いのは阿久津透の最新作だなと思ったので、そこで連作としての構成を捨てて1作で読めるように書き直して送りました。

――『名探偵は嘘をつかない』もそうですが、『紅蓮館の殺人』も『蒼海館の殺人』も、探偵の存在意義を問いかける内容ですよね。

 うーん。これはもう本当に不思議なんです。今話してきたルートの中に、探偵の苦悩ルートに陥っちゃう要素、あんまりないですよね。たぶん、あるとすれば、エラリイ・クイーンと法月綸太郎さんのラインがあるのかなと。エラリイ・クイーンの中後期作、それこそ最近早川書房で復刊した「挫折と再生四部作」の『十日間の不思議』のインパクトだったり、法月綸太郎さんの長編の、苦悩する法月綸太郎がどうしようもなく好きだったりした影響があるかもしれません。

 あとは、大学の授業で、ジョージ・オーウェルの『一九八四年』を翻訳されている高橋和久さんの「英国探偵小説の始まり」という講義があったんです。それは文学部の講義で、私は法学部だったので他学部聴講で聴いていたんですけれど、ざっくりいうとシャーロック・ホームズはアヘン中毒者だし、ブラウン神父だって最初はむしろフランボウに追われる側で、探偵って人格的に破綻した人間ばっかりだよねみたいな話をされていて。

 その講義では、ウィリアム・ゴドウィンというイギリスの作家の『ケイレブ・ウィリアムズ』という長編をテキストにしたりして。ポーが出てくる前の小説なので、ミステリとしての骨格はあまり優れてないんですけれど、追う側と追われる側の立場が何回も入れ替わる内容なんです。秘密を握って追い詰めていたと思っていた側が突然法廷に立たされたりとか。あとは英国探偵小説を研究したイーアン・ウーズビーの『天の猟犬』という評論本をみんなで読んで話したりしました。

 それで、初期の英国探偵小説は、犯罪者と探偵がものがすごく近い位置に配置されている構造があるという話になったんです。「みんなの好きな探偵も、たいていはクズでしょう」って言われたんですよ。確かに人格破綻者とか、生活能力がない人間ばっかり思い浮かぶんですよね。それに気づいた頃から、この人たちはそんなに人格的に立派じゃなくて、いろいろ思い悩むものがありながら生活しているんじゃないか、という気持ちが募っていったのかもしれません。ひと頃、探偵って他人の私生活の領域にずかずか踏み込んでくるよな、みたいなことを思って嫌いに感じていた時もありました。そんなことが積み重なって、歪んだ探偵観みたいなものが表れているのかなと自分では思っているんですけれど、でも、今こうして話していても、この説明に釈然としない気持ちがあります。

 読者としては、岡嶋二人さんや石持浅海さんの長編みたいに、職業探偵ではなく、どうしても謎解きしなきゃいけない人が何かに巻き込まれて仕方なく謎解きする話が好きなんです。あとはやっぱり、探偵が悩んだり苦悩したり傷つくのが好きというのは、どちらかというと大学生以降にはまったハードボイルドの文脈じゃないかって気がしますね。一番好きなのはマイクル・Z・リューインなんですけれど。

――私立探偵アルバート・サムスンのシリーズですね。

 そうです。そこから影響を受けた宮部みゆきさんの杉村三郎シリーズも大好きなんです。中学1年生の時に『名もなき毒』を読んだときは「こんな人間がいるのか」というのが素朴な実感でした。あんな理由でクレームを繰り返す人間がまず理解できないところから始まって、理解はできないんだけれどもそこから出てくる苦味みたいなものは夢に出てくるくらい頭の中に残って、大学生でマイクル・Z・リューインに出合って「ここだったのか」みたいな感動があって。その頃に『希望荘』が単行本で出て「杉村三郎がまた読める」と思ったら、杉村が私立探偵になるじゃないですか。そうしたらやっぱり私立探偵としての苦悩がにじみ出ていて、『昨日がなければ明日もない』の表題作なんかもまさにそういう感じで終わる。

 自分の『紅蓮館の殺人』『蒼海館の殺人』は4部作になる予定で、ものすごく青臭い青春小説として書いていますが、本当はハードボイルドの探偵のイメージがある気もしています。最新作の『蒼海館の殺人』でやたらとロバート・クレイスの名前を出しちゃったんですけれど。

 うーん。今自分で振り返っても、高校生くらいまでの、古典と新本格をまっとうに読んでいた自分から探偵鬱話が出てくる気がしないですね。うまく言えないです。

――アルバート・サムスンのシリーズって阿津川さんが生まれる前からあるシリーズですが、今度新作が出るようですね。

 そうなんですよね。大喜びしていたら、Twitterで告知された時に一回り、二回り上の世代の人たちが喜んでいるのを見て、「ああ、影響が大きいんだな」って思って、すごく繫がりを感じました。本当に楽しみにしています。

 去年は、古本で後追いしていたローレンス・ブロックの「マット・スカダー」シリーズの最新作『石を放つとき』も出ましたし、こんな幸せなことがあったいいのかって状態で。新刊として買うのは2人ともはじめてだと思います。嬉しすぎて2冊ずつくらい買っちゃいそうです。

ミステリ以外の好きな海外作品

――さきほど海外文学も読むようになったとおっしゃっていましたが、そのお話もぜひ。

 ああ、最近でかなり大きい収穫だったのはルシア・ベルリンの『掃除婦のための手引き書』ですね。これは書店で平積みされているのを見かけた時に、佇まいに一目ぼれして買ったんです。読んだら文章が好きでした。うまく言葉にできないんですけれど、すごく細かいところの描写が頭に残るんです。表題作の、男性をゴミ捨て場に喩えるくだりとか、「わたしの騎手(ジョッキー)」というたった2ページの掌編の救命室の情景とか。これは本当に何回も読んじゃって、もう、今持っているのが4冊目なんですよ。最初に買った本がガンガン読んでボロボロになったので1冊買い直したのと、訳者の岸本佐知子さんのトークショーに行った時のサイン本が1冊と、あとは布教用に買いました。

――なんとありがたい読者。

 海外文学は結構短篇集を買うことが多くて。他だとジョン・チーヴァーの『巨大なラジオ/泳ぐ人』、ウィリアム・トレヴァーの諸作品、『フライデー・ブラック』、『彼女の体とその他の断片』、マイケル・オンダーチェ『ビリー・ザ・キッド全仕事』あたりが最近の好きな海外文学短編集です。オンダーチェは『戦下の淡き光』も素晴らしい作品でした。ややミステリに近いですが、ジョイス・キャロル・オーツの『とうもろこしの乙女、あるいは七つの悪夢』なども好きです。

 あとは、新潮クレスト・ブックスは毎月チェックしていますね。2か月前に出たイアン・マキューアンの『恋するアダム』も買いました。あれはAI小説としても面白いけれど、数学者のアラン・チューリングが出てくるのがむちゃくちゃ面白くて。アラン・チューリング小説としてあれ以上の作品は出てこないと思います。新潮クレスト・ブックスだと、ジュリアン・バーンズの『終わりの感覚』なども、記憶と回想で青春時代を織りなしていく文学と見せかけて、しかも見事なミステリでもあるという傑作ですね。

 書店であらすじや文章を見て一風変わったものがあると買ってしまいますね。エドワード・ケアリーも最初は『堆塵館』を書店で見て「なんだこれは」と引き込まれて買ったのが最初で、それで夢中になって『望楼館追想』を探して買ったんです。

――ケアリーお好きですよね。『堆塵館』からはじまるアイアマンガー三部作を読み、『おちび』も読み。そうそう、『おちび』がフランス革命の頃の話なので、それで世界史が好きだって話を前にうかがったんでした。

 もうめちゃめちゃ面白かったですね。王宮が出てくるだけで大喜びしました(笑)。やっぱりフランス革命も好きだし、あとチャールズ・ディケンズも好きだから、あの頃のロンドンが出てきたりすると、もうそれだけで喜んじゃうんで。ケアリーは、文体もそうだし、ケアリーさん自身が描くイラストもそうですけれど、グロテスクで暗い世界なのにどことかく可愛らしく愛嬌があるんですよね。怖くて暗い世界っていうところはやっぱり、子供の頃に読んでいた『ダレン・シャン』などのダーク・ファンタジーに繋がるものを感じます。やっぱり今でも、純粋に面白い小説を読みたいとなるとダーク・ファンタジーを読みがちなんですよね。それに加えてあの濃密な文体と描写の力があるから、そりゃ読んじゃうなあと。今度ケアリーの短篇集が出るというので、すごく楽しみに待っているんです。

――ほの暗いファンタジーでいうと、フランシス・ハーディングもお好きですよね。

 好きです。あれはそれこそ、川出正樹さんから教えてもらった本でした。『嘘の木』が刊行された時にびびっときて買ってはいたんですけれど、なかなか読む時間なかった時に川出さんに「あれはめちゃめちゃ面白い」と力説されたから読んで、ドはまりしました。ハーディングはミステリ好きの先輩と話すと『嘘の木』が好きだと言うんですけれど、私が一番好きなのは『カッコーの歌』ですね。やっぱりあの設定を考えた時に、普通、あの視点から書こうと思わないはずなんですよ。切なさもあり、力強さもあってぐいぐい引き込まれました。

――異色作家系もお好きなのでは。シャーリイ・ジャクスンみたいな。

 ああ、大学に入ってから早川書房の異色作家短篇集と、東京創元社のクライム・クラブ叢書は読みました。クライム・クラブ叢書は全然手に入らなかったので、後にアレックス・アトキンソンの『チャーリー退場』とか、ウィリアム・モールの『ハマー・スミスのうじ虫』とか、文庫になっているものを集めて読みました。異色作家短篇集の中だとやはりシャーリイ・ジャクスンは好きで、デュ・モーリアも入っていますし、あとはシオドア・スタージョンが好きでしたね。

――スタージョンはSFですよね。

 大学のサークルにSF読みがかなりいたのでいろいろ情報はもらえたんです。でも、最初に貸してもらったSFがグレッグ・イーガンの『順列都市』だったので、あのサークルはたぶん優しくなかったとと思うですけれど(笑)、その流れで異色作家短篇集のシオドア・スタージョンの『一角獣・多角獣』を薦めてもらったらすごく面白かったんですよね。私は宇宙が出てくるタイプのSFはあんまり得意じゃなくて、幻想作家と距離が近いSF作家のほうが好きで、シオドア・スタージョンはそこに突き刺さってくるんです。あとは、クリストファー・プリーストが好きなんですよ。『夢幻諸島から』が大好きで、やっぱりそれも幻想作品に近いからだと思います。

 異色作家短篇集のようなシリーズは足がかりにしやすいですね。シリーズ旧版のロアルド・ダールなんかが入ったアンソロジーの『壜づめの女房』は手に入れるのに相当苦労しました。新版になる時にアンソロジー枠が若島正さん編の『狼の一族 アンソロジー/アメリカ篇』と『棄ててきた女 アンソロジー/イギリス篇』と『エソルド座の怪人 アンソロジー/世界篇』になったので、これも面白く読んで、若島正さんのお名前をどこかで見たなと考えて、たしかアガサ・クリスティーの「明るい館の秘密」について書かれたものをどこかで読んだんだと気づき、それが収録されている『乱視読者の帰還』などの乱視読者シリーズや、若島さんが編んだアンソロジーを読むようになりました。『乱視読者のSF講義』ではスタニスワフ・レムとディレイニーとジーン・ウルフにはまりましたね。それが大学4年生の、社会人になる直前の時期でした。

 中学生の時の司書さんに始まって、必ずどこかに師匠を見つけて一人一人に師事しながらきた感じですね。大学4年生のその時期は若島正さんに師事していたんです。講演を一回聞きに行っただけでお話ししたこともないので、心の中だけで、ですけれど。

 あ、一時期、諏訪部浩一さんに師事していた時期があります。『『マルタの鷹』講義』の人です。諏訪部さんも講演会に聞きに行ったことしかないんですけれど、『ノワール文学講義』という本があって、そこに出てくるノワールをとにかく読む、ということもしました。あの本のおかげでジム・トンプソンにはまりました。

――ちょっと話が戻りますが、ディケンズもお好きなんですね。

 大学で出会った「海外ミステリしか読みません」という先輩が、毎年年越しにディケンズを読むようにしていると言っていたんです。年末から読み始めて年始に読み終わるようにしていて、その人から「『荒涼館』はマジの大傑作だから読んだ方がいい」と言われ続けていて。数年間尻込みしていたんですけれど、社会人1年目くらいの時にようやく決心がついて『荒涼館』を読んで、めちゃめちゃ面白いぞとなりましたね。登場人物が意外なところで再登場したり、大いなる綾を作っていく感じがたまらないんですよ。先輩が作ってくれた登場人物表も大いに参考になりました。ベタですが、『二都物語』『大いなる遺産』も好きです。

――やはり英国小説がお好きなんですねえ。

 それでいうと、昨日ちょうど新訳で出たデュ・モーリアの『原野(ムーア)の館』を読み終わったんですが、やっぱり彼女の描写力って異常じゃないですかね。原野についての「暗い」「うら寂しい」という表現では片付かない濃密な描写の積み重ねは、持っていかれるくらい怖くなるというか、引っ張られるというか。

――母親を亡くして孤独になった女性が、叔母がいるムーアの館に身を寄せるんですが、叔母の夫がどうも悪事に手を染めているようだ、という。

 叔父のことは大嫌いだし叔母のことは助けたいけれど、でも煮え切らない、踏み切れない女性の心理も死ぬほど丹念に描いていて。ああいう文章力のある作家の濃密な文章を読んでいると、それだけでくらくらきますね。あと、ネタバレになりかねないので記事には詳しく書けないだろうけれど、叔父の弟が出てきた時に手を叩いて喜んじゃいました(笑)。

――分かります!(笑)

 デュ・モーリアはミステリとも距離が近いですし、文芸系のなかでも結構好きな作家ですね。長篇は『レベッカ』とか『レイチェル』や『原野(ムーア)の館』以外は入手困難なのでなかなか読めないんですけれど、やっぱり短篇集もいいですね。『鳥』『人形』といった短篇集が大好きです。東京創元社の雑誌「ミステリーズ!」の「私の一冊」で何か書いてくれないかと依頼されて、『鳥』について書いたくらい。あれに収録された「モンテ・ヴェリタ」が好きなんです。

先行作品へのリスペクト

――阿津川さんの作品には実在の作家の名前や書名が出てきますし、ストーリーにもオマージュ的なものが盛り込まれていますよね。先行する作家や作品にリスペクトを感じるし、体系的にいろいろ把握されていて、その知識が羨ましいです。

 この間、若林踏さんの「新世代ミステリ作家探訪」というイベントに呼ばれた時に、「体系的に読むというのはどういうことか」という話を結構したんです。若林さんがミステリ研に入られていた時はミステリを「体系的に読む」ということを軽視していた時期があったようで、「なぜ体系的に読むようになったんですか」と訊かれたのですが、 「いや、もう習い性で」としか言いようなくて。作品の元ネタを追い求めたり、引用文から興味を持ったり、ガイドブックとかで名前を出されると気になってしまうので読んでしまうんですよね。

 そのイベントでも話した、私の「引用癖」のことなんですが、これは法月綸太郎さんの影響が大きいんです。法月さんの作品も章ごとに引用が入ったりするので。あとは中学生の時に読んだ宮部みゆきさんの『理由』ですね。宮部さんの作品の中で一番好きなんですけれど、大学生の時に読み返したら、冒頭がジム・トンプソンの『内なる殺人者』の引用から始まっているとはじめて気づいて。『内なる殺人者』の「善を為そうとしたのに全然うまくいかなかった俺たちみんな」という、ノワール作品のこだまみたいなものが『理由』にいかに活かされているかに気づいた瞬間でした。その時に、エピグラフって何かの手がかりになるし、足がかりにもなると思いました。

 今書いている「館」ものの引用などは、それこそ何かの足がかりになればと思っているので、変なものも結構挙げているんですよ。デイヴィッド・ピースの『TOKYO YEAR ZERO』とか、どう考えても「館ものが読みたい」という人に差し出すのは変だけれど、もしかして何かしら残って、『TOKYO YEAR ZERO』を読む人がいるかもしれない。私が『理由』からジム・トンプソンに繋がったようなことになる可能性もあるので、そういう意味で何かしら残したい気持ちがあります。

 今、いろいろ解説を書かせてもらったり、読書日記を書いたりする時も、必要以上に虱潰しにやってしまうので編集者から心配されているんですけれど。

――え、解説を書く時に虱潰しにやるとは、何をどれくらいやっているんですか。

 例えばですけど、5月に出る綾辻行人さんの『暗闇の囁き』の新装改訂版の解説を光栄にも書かせていただいてまして、綾辻さんも「自由に書いてくれていいです」みたいに気を使ったオーダーをくださったし、中学生の頃から思い出はいっぱいあるので素直に書けるんですけれど、一応「囁き」シリーズを全作読み返したんです。で、今までの解説は全て確認したいから祥伝社文庫版も全部揃えてきて確認して、それに、平成生まれの私があえて綾辻行人論を書くんだったら『綾辻行人と有栖川有栖のミステリ・ジョッキー』の文章は何かしら使いたいと思って全3冊を読み返し、「ここまできたらもうちょっと怪談論みたいなのを掘り下げたい」と思って「綾辻行人クロニクル」全4冊から使えそうなところをピックアップして、「そしたら『眼球綺譚』からはじまるホラー作品だけは全部読み返しておこう」「いや、ホラーまで読み返したら「囁き」シリーズの間にある『人形館の殺人』シリーズを読み返しておかないと」となり......みたいなことを延々とやっていました。そういう馬鹿なことをやっているから一生終わらないんですけれど、「なんでそこまでするの」と訊かれても「習い性なんで」としか言いようがないんです。綾辻さんからは「チャーミングな解説」と言っていただいて、面映ゆいような、どうにも気恥ずかしいような気持ちですが、まあ気になる人は読んでいただければと。

――デビューされてからまだ数年なのに、解説書いている本数多くないですか。今までほかにどなたの解説を書きました?

 石持浅海さんの『パレードの明暗』、東川篤哉さんの『探偵さえいなければ』、アガサ・クリスティーの『雲をつかむ死』の新訳版、北森鴻さんの『狐罠』の新装版、ジェフリー・ディーヴァーの『オクトーバー・リスト』。そしてこれからですが、綾辻さんの『暗闇の囁き』です。

好きな国内文芸作品

――帯の推薦文もお見かけますね。最近では呉勝浩さんの新作『おれたちの歌をうたえ』にもお書きになっていました。

 去年、文藝春秋さんでお仕事の打ち合わせをした時、編集の方が私がミステリランキングで呉さんの『スワン』をかなり推していたのを憶えていて、「なんであれを挙げたんですか」と訊かれ、その後10分くらい、いかに面白いかを滔々と語ったんですよ。その編集さんが呉さんの担当だということも知らずに(笑)。そしたら、その編集の方が『おれたちの歌をうたえ』のプルーフをスッと出して「担当編集です」って(笑)。びっくりしたけれど発売日前に読ませてもらえるなんて嬉しくて。私はいつも読んで面白かったら頼まれてもないのに担当さんに長文の感想メールを送ってしまうんです。すると「これ、帯に使っていいですか」って言われて「どうぞお好きにしてください」みたいな感じになる。『おれたちの歌をうたえ』もそうですし、彩坂美月さんの『向日葵を手折る』の時も見本をいただいて、「いやー最高でした」みたいな感想をメールで送ったら「コメントに使ってもいいですか」って。頼まれてしているのではなく、頼まれてもいないのに感想を送っているんです。ツイッターで独り言のように感想を書いている時もありますし。

――それにしても、新刊も幅広く読まれていますよね。去年、古川日出男さんの超メガノベル『おおきな森』もお読みになっていて、「もう読んだのか」とびっくりしました。

 古川日出男さんの『アラビアの夜の種族』と『聖家族』が好きなので、古川さんであの分量の本が来たら無条件で興奮してしまうんですよ。刊行された時に「絶対読むよ、ありがとう」みたいな気持ちで買いました。ガルシア=マルケスの『百年の孤独』が好きなので、そのエピソードが織り込まれた展開にものすごくテンションが上がってしまいました。『百年の孤独』と『銀河鉄道の夜』の列車が重なる瞬間があまりにも美しくて、もう。

――ほかに、最近ミステリ以外でも好きな作家の方はいらっしゃいますか。

 町田そのこさんのデビュー作の連作集『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』を読んだ時に、描写がすごくきれいだなと感じました。ああいう、緩やかな繫がりが流れている連作短編がすごく好きで。だから道尾秀介さんも『光媒の花』が一番好きなんです。道尾さんの他のミステリももちろん好きなんですけれど、なぜ『光媒の花』かというと、緩やかな繫がりが全6篇に流れていて、文章がきれいだから、としかいいようがなくて。で、『光媒の花』が好きな脳が『夜空に泳ぐチョコレートグラミー』にめちゃめちゃに反応しました。ちょうど文庫化されましたし、超オススメですね。町田さんは東京創元社から出た『うつくしが丘の不幸の家』も面白かったし、長篇の『52ヘルツのクジラたち』でも存分に力を発揮されている印象があって。

 あとは奥田亜希子さんの『五つ星をつけてよ』とか、津村記久子さんの『この世にたやすい仕事はない』とか、面白そうだと思うとすぐ手に取っちゃいますし......あとは、今、本棚を眺めながらぱっと目に留まったのは浅田次郎さん。浅田さんは昔から好きで、この前文庫化された『長く高い壁』はすごいミステリだったので嬉しくなりました。『プリズンホテル』とか『鉄道員(ぽっぽや)』もやっぱり好きですし。

 ミステリも読むしSFも読むし他も読むし、読者としては雑食なので、自分の本棚を見ているといろんなものがあります、本当に。

――ノワールになりますが、佐藤究さんの『テスカトリポカ』も刊行されてすぐに読まれてましたよね。面白かったですよね。

 ああ、そうそう。あれはもうめちゃめちゃ面白かった。言い方が悪いですけれど、紹介文を読んでもよく分からなかったじゃないですか。

――ああ、メキシコの麻薬密売人のバルミロがジャカルタで日本人の臓器ブローカーと出会うとか、天涯孤独の少年コシモとか、アステカの神が...ってやつですよね。

 そのあらすじ説明であの装幀だから、異様に興奮してしまって。佐藤さんの前作の『Ank: a mirroring ape』も好きだったので、発売日を心待ちにして会社帰りに買って、帰り道につい開いたらコシモ少年が出てくるまでをパパパっと読んでしまって、そこからもうノンストップですよ。もう、ずっと面白い、みたいな感じ。

 KADOKAWAからすごく分厚くてめちゃめちゃ面白いエンターテインメントが出ると喜んじゃいますね。『テスカトリポカ』を読んでいる間の「めちゃめちゃ面白い」という感覚は、10年前に高野和明さんの『ジェノサイド』を新刊で手に取った時の感覚に近いし、4年前に池上永一さんの『ヒストリア』を開いた瞬間の感覚にも近くて。

――ああ、その3冊ともKADOKAWAから出た本ですね。以前の社名は角川書店ですが。

 KADOKAWAから500ページ、600ページの本が出るとそれだけで読んでしまう病気にかかっています(笑)。それこそ、『アラビアの夜の種族』も角川書店でしたし。

最近の生活&今後

――在学中にプロデビューが決まった時、大学卒業後、専業作家になることは考えなかったのですか。

 やっぱり専業になるのは不安があったのと、自分の学生時代を振り返っても、「1日使っていいよ」と言われてもたぶん作業時間は増えないと思ったんです。1年留年はしましたけれど就職も決まっていましたし、ひとまず二足の草鞋で自分のペースを作りながらやれるならそれが一番いいかと思って。

 それこそ小説家になってから最初の師匠が東川さんと石持さんで、石持さんはもう兼業作家のエリートみたいな方ですから。最初にお会いした時、「兼業作家になるんだったらひとつ守らなきゃいけないことがある。会社の門を出る瞬間まで小説のことを考えてはいけない」みたいなことを言われて、「ああ、この方は本当にバリバリ働いておられるんだな」と思って、そのイメージが残りました。

 仕事をしっかりしながら小説を書けるんなら、それが自分の中で一番リズムがいいかも、とも思います。通勤電車の中で本を読んで過ごしていますし、会社から最寄り駅まで何気なく歩いている時にふっとアイデアや表現が浮かぶこともあるので、今のところライフスタイルには合っているのかなという気がします。

――読むのは速いんですか。それと、執筆はいつ?

 上には上がいることは承知ですが、読むのは速いとは思います。通勤は片道1時間くらいなんですけれど、調子のいい時は行き帰り用に2冊持っていないと読む本がなくなっちゃう時があるので。執筆は主に土日ですね。

――新作の『蒼海館の殺人』は、『紅蓮館の殺人』と探偵と助手役が同じですね。高校生たちが、『紅蓮館の殺人』では山火事の炎が迫る館で連続殺人事件の謎を解き、『蒼海館の殺人』は大型台風で河川が氾濫し濁流が押し寄せるなか、館で連続殺人の謎に迫る。ただ、『紅蓮館の殺人』で自称探偵の高校生、葛城君が探偵として壁にぶつかり、『蒼海館の殺人』では無気力状態になっています。さきほど、4部作だとおっしゃいましたね。

 『紅蓮館の殺人』を書いている時にはもう、対置する物語として『蒼海館の殺人』はプロットができていました。この2冊は信じられないほど同じ構成にしているんです。「紅蓮館」がそれなりに売れてくれたら「蒼海館」を書かせてもらえるかも、というくらいに考えていたんですけれど、光栄にも今回出せることになり、「蒼海館」が出せたらシリーズを考えてもいいのかなと思っていました。アン・クリーヴスが『水の葬送』『空の幻像』『地の告発』、未訳の『Wild Fire』でやっているように、私も「地水火風」で考えようかという話を編集者としています。

――風は分かるとして、土ってどうなるんでしょう。次作が気になります。

 言ってしまっていいのかな。一応、3作目は地震の予定です。「紅蓮館」と「蒼海館」でやった構図は一回なくして、もう少し謎解きものとしてシャープな構成で考えてみようと思いつつ。完成までにはお時間をいただきますが、今考えているところです。

――探偵の存在意義についてもまた、何らか描かれるわけですか。

 まあ、「蒼海館」のあの結末を受けて今後どうしていくのかは、当然あるだろうし、彼のスタンスがどうであれ、壁にぶつかる瞬間はあると思います。でもあんまり「探偵の苦悩」ものをやっていると私の精神状態が引きずられていくので、あまり深追いはしたくないですね。語り手である田所君にはそろそろ内面でうじうじするのをやめて、新しいステージに進んでほしいと思っています(笑)。

――では、今後についての告知事項といいますと。

 「ミステリマガジン」の5月号の「特殊設定ミステリの楽しみ」という特集に短篇「複製人間は檻のなか」を寄せています。3/25発売なので、このインタビューが載るころには発売中ですね。加えて、近く初めてのショートショートがどこかに載るかもしれません。あとは先ほども言いましたが、5月に出る綾辻行人さんの『暗闇の囁き』の新装改定版に解説を寄せていて、同じく5月に創元推理文庫から再文庫化する西澤保彦さんの『パズラー 謎と論理のエンタテインメント』にも解説も書かせていただきました。

 他にもいろいろ動いてはいるんですけれど。刊行予定としては、来年には新しい長篇を出せればいいなと思っています。短篇集『透明人間は密室に潜む』の「盗聴された殺人」に出てきた、耳のいい探偵と所長のコンビで長篇をやるつもりでいます。あの耳については、実は「盗聴~」の頃から出自などを考えてはいて、短編では反映されていなかったのですが、そのあたりの話をしつつ、また謎解きミステリを仕上げていこうと思います。

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