多感な十代の頃に触れた書物や音楽、映画は、その後の人生に決定的な影響を与えることは間違いない。自らを振り返ってみても、大学生だった1990年代前半までに読んだ本は原体験として身体の奥に沈潜していて、その後の読書とは明らかに異質のものだという感覚がある。
十代特有の焦燥感や鬱屈(うっくつ)を抱え、心の扉を叩(たた)いてくれる言葉を求めてあてもなく雑多な本に手を伸ばしていた頃。ふとしたきっかけで、スーザン・ジョージ著『なぜ世界の半分が飢えるのか』、鶴見良行著『バナナと日本人』、そして村井吉敬(よしのり)氏(1943~2013)の『エビと日本人』を読んだ。無自覚に享受していた生活が世界各地で人々の命と環境を脅かし、その犠牲の上に成り立っている現実を知った時の衝撃は忘れられない。自分の殻に閉じこもっていた私に「社会への扉」を開いてくれた本といえる。
村井氏は、エビ漁や養殖の現場から加工、流通までを丁寧に追うなかで、「私は私たちの生活のありよう、私たちと第三世界との関係のありように根本的な疑問を持たずにはいられない」と書く。エビという身近な商品一つからも、数々の搾取、不公正、暮らしや環境の破壊が見えてくるのだ。
他方で、村井氏が海を生業の場とする人々の暮らしに魅了され、現場を徹底的に歩き、丹念に記録を取り、常に複眼的な視点で物事を深く捉えようとしていたことも見えてくる。出版から30年以上が経ち、データ面は古くなっていても、本書が読まれるべき理由に何ひとつ古びるところはない。=朝日新聞2021年5月19日掲載
◇やすき・たけひと 72年生まれ。2001年より新泉社に勤務。