1. HOME
  2. コラム
  3. 藤巻亮太の旅是好日
  4. 藤巻亮太の旅是好日 読書体験ついての「取り留めのない」話

藤巻亮太の旅是好日 読書体験ついての「取り留めのない」話

文・写真:藤巻亮太

 「取り留めのない話をしますけれど」と断って話し始めたり、「取り留めもなく話してしまいました」などと添えて言葉を結んだりことが、ここ最近増えた気がする。地元山梨のラジオ局、FM FUJIにて「FM藤巻」という新番組が始まってからのことだ。日曜日のお昼12時から1時間、ゆったりと一人喋りをさせてもらっている。

書き言葉、話し言葉

 手探りで始まった番組も2カ月が経とうとしており、私も自分のペースを掴もうと奮闘しているのだが、今回の原稿を書きながらしみじみ「話し言葉」と「書き言葉」は違うものだと感じている。当たり前のことだが、話し言葉は声で発し、聞き手は耳でそれを聞く。書き言葉はPCやスマホなどを用いたり、ペンなど手を動かしたりして文章を綴り、読み手は視覚的にその言葉を受け取る。

 どちらも相手に考えや想いを伝えるためには論理性が求められるのだが、話し言葉はライブで進んでいくので、編集可能な書き言葉ほど推敲を重ねて、突き詰めて話されることは少ないように思う。最初から整理された内容を語るとき以外は物事を編集しながら話すので、やはり「取り留めのない話」となってしまいがちだ。しかし話し言葉には声色や、抑揚やトーンがあり、強弱やリズムや間がある。その点で論理性が多少くずれていても、相手に論理を超えて想いが伝わることもあるように思う。

 片や書き言葉は、テーマが与えられていることもあるが、テーマ探しが軸となる。私の場合はまず行き先も定めず書き始め、書きながらテーマの正確な座標が定められ、伝えたいことが絞られて文章の骨となってゆく。最初はあまり些細なことを気にせず、途中で矛盾しようが、筋からズレたり脱線しようが、とにかく頭に浮かんだことを書くのだが、ふっと一息ついて読み返すと大抵は文章として酷いものだ。しかしその中にテーマの原石が隠れていて、それらを幾つか磨きつつ、各セクションを繋ぐ文章を考える。

 この連載の原稿も毎回、そうやって取り留めもなく書いてみることから始めているのだが、それは「終点のない旅」に似ている。目的地が明確な旅と違い、目的地を探す旅のようなもので、出発地点では想定も想像もしていなかった場所に辿り着くところに面白さがある。大切なのは面倒と思わず、まず勇気を出してその旅に出発してしまうことだ。調べても辞書に載っていないようなことを考えるのだから、連想が連想を呼んで思考がスライドし、シャッフルされ、ジャンプする。私はそんな旅が好きなのだ。

昼の本棚、夜の本棚

 以前のラジオで、私が文庫本用の本棚を買った話をした。整理してハードカバーの本棚と文庫本の本棚とに分けたのだ。双方を見比べてみると、ハードカバーが並べられた本棚の方が美しく感じた。一冊一冊の背表紙へのこだわりも感じ、全体としてコラージュされた佇まいも調和が取れていた。

 しかし文庫本が集められた本棚は、背表紙に出版社ごとの統一感はあるものの、どこか無機質で、少々味気のないように感じた。本棚は窓側に設置したこともあり、日が当たる昼間に眺めると余計に平坦でのぺっと見え、せっかく新調したばかりの本棚なのにどこか残念な印象であった。しかし夜になり、本棚の脇のスタンドライトの灯をつけた時、文庫本の本棚がドキッとするくらい美しく見えたのだ。

本には夜の闇がふさわしい

 本というものを考えた時、まず何をもってしても作者が物語に命を吹き込むことに尽きるのだが、その後あらゆる人の仕事を通して出版物として完成される。そして本は読まれた時に物質的な存在を超え、読書という体験を通して読者の中に新たな命を宿す。描かれた物語と私たち読者が出会うことで、一人ひとりの新たな物語が立ち上がるところに読書の深い魅力があるのではないだろうか。

 つまり、読まれるまでの物語は本の中で眠っていることになる。そう考えると、本や本棚は物語が眠る場所なのだ。だからこそ、物語が眠る場所は昼間の日差しの下よりも夜の闇の中の方がふさわしいと感じ、スタンドライトに照らされた文庫本たちが私には美しく思えたのだ。

 ただの物質としての本ではなく、物語が眠る場所としての本は、ライトの明かりに照らされた影の中にも一冊一冊の物語の奥行きを感じさせるような重みがあった。耳を澄ますと本の中で眠っている物語の声が聞こえてくるようだった。一度書かれた言葉は本の中で永遠に止まっている。永遠に止まっているものは死んでいる。永遠に止まっている言葉が読者の中で息を吹き返し、新たな物語が動き出す。作者と読者が互いに命を宿し合う読書という体験に改めて、取り留めもなく想いを巡らしてみた。