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コロナ禍が生んだアンソロジー 『Day to Day』『ポストコロナのSF』

作家100人のリレー連載 『Day to Day』

 『Day to Day』は昨年4月、初めて緊急事態宣言が出された頃に企画された。4月1日以降の日本を舞台に、1日1本の掌編を作家たちのリレー連載でつなぎ、ウェブサイトで公開。当初は2カ月を想定して始まったが、3月下旬に刊行された単行本には100日分を収めた。

 集まった掌編は、フィクションからエッセー風のものまで彩り豊か。4月1日の辻村深月さんから始まり、7月9日の東野圭吾さんで終わる。

 『熱源』で昨年直木賞を受賞した川越宗一さんの「神の手を離れて」は、神が世界の行く末を見守るというスケールの大きさ。浅田次郎さんの「巣ごもり」は〈コロナの話ではない〉とのっけから読者の想定を裏切ってくる。

 昨年の本屋大賞に選ばれた凪良(なぎら)ゆうさんは、「書店大賞」を受賞したものの緊急事態宣言のためセレモニーに向かわずに自宅で待機する作家を描き、本人がツイッターでフィクションだと説明するまでの反響を呼んだ。このほかにも、五木寛之さんや重松清さん、林真理子さんといったベテランを始めとして、西尾維新さんや湊かなえさんといった豪華な顔ぶれが名を連ねた。

 「いまの時代を記録して、10年後、100年後に読んで価値のあるものにしたいと考えた」。担当者は、ふだん目を通している原稿とは違った手応えを感じたという。「作家それぞれが生活している個人である、ということを思い知った」

 テーマはあえて設定しなかったという。「百者百様の話をほとんどそのまま載せたことで、時代の空気を真空パックしたような本になった」。109組の漫画家の作品を集めた『MANGA Day to Day』(上下巻)も同時刊行された。

想像力で向き合う現実 『ポストコロナのSF』

 『ポストコロナのSF』は、昨年夏に日本SF作家クラブで企画が持ち上がり、早川書房に提案したことから実現した。

 発案したのは当時会長を務めていた作家の林譲治さん。自身もアンソロジーに作品を寄せた。「パンデミックの渦中にSF作家がおかれたことは、少なくとも日本ではかつてなかった」と話す。

 パンデミックを扱った日本のSFは、小松左京『復活の日』などが知られる。だが、「日本のSF作家が当事者としてパンデミックに遭遇したのは、ほぼ今回が初めて。作家が当事者としてどう受け止めるのか、作品として記録にとどめたいと考えた」。

 集まった作品は、「一言で言い表せないくらい、バリエーションに富んだ内容になった」。根絶寸前まで追い詰められ、濡(ぬ)れタオルでたたき合う競技「タオリング」を生きがいにするヤクザたちを描いた天沢時生さんの「ドストピア」、わずか100字の掌編をいくつも連ねた北野勇作さんの「不要不急の断片」など、林さんの想定を大きく裏切る作品が並んだ。

 「さかのぼればカミュの『ペスト』のように、これまで数多くのパンデミック小説があった。ただ、その多くは致死率の高い病原菌が世界を席巻する物語だった。一方、現実のコロナは感染力こそ高いものの、そこまで強い毒性はない。こういう形で感染症が広がることは誰も考えていなかった」と林さんは言う。

 「SF作家はいろんなことを想定するけれども、現実はその一枚上をいってしまう。ただ、コロナを経験した我々は、作品を通して次にどう備えるかを提案できる」と林さん。「人類の想像力は万能ではないけれど、無力なわけでもない。点を入れられたら入れ返すようなことをずっと続けていくのだろうと思っている」(興野優平)=朝日新聞2021年5月26日掲載