多くの人が行き交い、日々さまざまなドラマが生まれる都市は、物語の舞台にもってこいだ。もちろんホラーもその例に洩れない。今月の怪奇幻想時評では、賑やかな都会にひそむ〈影〉を扱った新刊4冊を紹介しよう。
青山・赤坂・八王子…東京の「死」を巡る連作怪談
まず取りあげたいのは、東京の暗部を虚実ないまぜの手法で描いた川奈まり子『東京をんな語り』(角川ホラー文庫)。夜の青山霊園で白い彼岸花を見かけた著者は、〈また会う日を楽しみに〉〈想うのはあなたひとり〉という花言葉に導かれ、幼くして世を去った従妹・ユキのことを思い出す。
そこから数珠つなぎのように語られる怪談・奇談の数々。有名な青山のタクシー幽霊や、明治時代に〈毒婦〉として処刑された女たち、某事件の現場となった赤坂のウィークリーマンション、そして八王子の実家で体験した恐ろしくも哀しい出来事。取材や実体験をもとに綴られる迫真のエピソードは、東京で生き、死んでいった者たちの姿をまざまざと浮かびあがらせる。ときにルポルタージュ、ときに小説的な文体を用い、無数の死者がたたずむ東京を幻視した、野心的な連作怪談集だ。
チェコと渋谷、二都を漂う魂
チェコの文学新人賞を総なめにした、アンナ・ツィマ『シブヤで目覚めて』(阿部賢一・須藤輝彦訳、河出書房新社)はプラハと東京、二つの都市が描かれている。日本文化に強い関心を抱き、大学で日本学を専攻する主人公ヤナは、図書館でたまたま発見した〈川下清丸〉という作家に興味を惹かれる。大正時代にわずかな作品を残したのみで世を去った謎の作家・川下。ヤナは変わり者だが博識な先輩・クリーマの協力を得ながら、川下作品の翻訳と研究を進める。一方、日本では分裂したヤナの〈想い〉が、若者たちでごった返す渋谷の街をさまよっていた。2010年以来、渋谷に囚われているもう一人のヤナは、誰からも気づかれず、声もかけられない幽霊のような存在だ。
不器用な恋愛小説としても楽しめるプラハの章と、風変わりな幽霊譚である渋谷の章。並行して語られる二つのパートがどうリンクするかは読んでのお楽しみだが、ヤナ同様日本のミステリーを愛好するという著者のこと、巧みなストーリーテリングで〝川下をめぐる冒険〟を締めくくっている。この愉快なジャパネスク小説を通して、私たちは鏡に映ったもうひとつの渋谷を発見するだろう。
大都会の路地裏に潜む怪異と神秘
『恐怖 アーサー・マッケン傑作選』(平井呈一訳、創元推理文庫)は、19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した怪奇小説の巨匠アーサー・マッケンの名作7編を収めた短編集。若くして文学を志し、ウェールズからロンドンに上ったマッケンは、大都会の路地裏に潜む怪異と神秘を生涯描き続けた作家だ。発表当時センセーションを巻き起こした代表作「パンの大神」をはじめ、「内奥の光」「赤い手」「生活の欠片」などの作品には、近代的な都市が〈アラビアン・ナイトに出てくる都〉に変貌する瞬間が、力強い筆致で描かれている。その特異なビジョンを支えているのは、幼少期から親しんだ民間伝承の世界であり、「白魔」「輝く金字塔」など土俗的恐怖を扱った作品と、一連の〝ロンドンもの〟は表裏一体の関係にある。
本書は名匠・平井呈一の訳文はもちろん、作品セレクトや配列も申し分ない、絶好のマッケン入門書。怪奇小説好きならぜひ読んでおきたい。
乱歩が描いたモダン都市・東京の光と影
そのマッケンをわが国でいち早く評価したのが、日本ミステリーの父・江戸川乱歩であった。藤井淑禎『乱歩とモダン東京 通俗長編の戦略と方法』(筑摩書房)は、乱歩がいかに東京を描き、同時代の読者の心をつかんだかを、名探偵・明智小五郎が登場する〈通俗長編〉を対象に論じた一冊だ。
初登場時、煙草屋の2階に下宿していた明智は、ホテル住まいを経て、モダンなアパートに転居、最終的には妻とともに郊外の一戸建てに腰を落ち着ける。こうした明智の〈転居歴〉は、関東大震災以降、急速な発展を遂げた東京の姿とパラレルの関係にある、と著者は指摘する。連続殺人鬼のおぞましい犯罪劇を描いた乱歩の長編は、一方でモダン都市への〈あこがれ〉を駆り立てる装置でもあったのだ。東京の光と影を描いた乱歩の作品は、なるほどマッケンの世界と共通する部分がある。
そして都市は今日も姿を変えながら、新しい物語を生み出している。