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金原ひとみさんの新刊「アンソーシャル ディスタンス」 焼け野原の先に、見える希望もある

金原ひとみさん=慎芝賢撮影

 いつかこの特異な時間を振り返るとき、記念碑的な作品になるだろう。作家の金原ひとみさんによる新刊『アンソーシャル ディスタンス』(新潮社)は、パンデミックに揺さぶられた人間のありようをいち早く文学に落とし込んだ表題作を含む、異様な熱量をたたえた短編集だ。

 表題作は、自殺願望があり、過去に「パパ活」もしていた沙南と、そんな彼女と比べると無難な人生を送ってきた幸希の大学生カップルが主人公。好きなバンドのライブがコロナで中止になり、生きる希望をなくした二人は、就活や「常識」を押しつけてくる親からのプレッシャーにはじき出されるように心中旅行に出る。

 コロナの影響が日本にも及び始めた昨年4月、「これは避けて通ることができない時代の転換点では」と直感し、執筆に取りかかった。「小中学校は休校で社会人は在宅勤務となるはざまで、中ぶらりんの状態にある大学生はコロナより就活とか自分自身のことで精いっぱいだろうな、と」。世間の価値観からまだ自由な若者の視点から見えてくるものがあると思った。

 その約半年後に発表した収録作「テクノブレイク」も、やはり若い男女の恋愛が軸。しかしこの二人はコロナへの警戒度の違いが原因で次第にすれ違っていく。別れの寂しさを埋めるように、彼と撮りためた動画で自慰行為に依存していく主人公。その姿は痛々しいが、どこか求道的でもある。

 ほか3作は、コロナ以前に書いた。彼氏がうつ病になり、コンビニで手に入る安酒が手放せなくなる女性編集者の「ストロングゼロ」。キャリア女性がプチ整形にハマる「デバッガー」。数珠つなぎで男性を乗り換えながら、一向に満たされない美容部員の「コンスキエンティア」。

 顔に注入するフィラーやアルコール、そして恋愛を「過剰摂取」する自己破壊行動は、他人から見れば滑稽に映る。だが、己の中の「他者性」が乖離(かいり)して暴走する、その度しがたい格闘に身に覚えがある読者は、彼女らに自分の断片を見るだろう。

 日本社会の閉塞(へいそく)感を煮詰めたような物語が並んだが、救いがないわけでは決してない、と金原さんはいう。「雪崩が起きて、全てが崩れ去ってしまった後の焼け野原みたいな場所。そこには、フェーズが切り替わるという希望もある」(板垣麻衣子)=朝日新聞2021年6月9日掲載