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柳広司さん「アンブレイカブル」インタビュー 治安維持法の闇、歴史は繰り返す

『アンブレイカブル』を出した柳広司さん=ホンゴユウジ氏撮影

 『ジョーカー・ゲーム』シリーズで知られる作家、柳広司さんが連作短編集『アンブレイカブル』(KADOKAWA)を出した。戦前戦中、治安維持法によって逮捕されても信念を貫き、命を奪われた作家の小林多喜二ら「敗れざる者たち」を描いた骨太の歴史ミステリーだ。

 治安維持法が制定されたのは1925年。ロシア革命(17年)の成立後、日本でも共産主義思想が広まるのでは、と政府が恐れたことが背景にあった。

 だが、取り締まりの対象は次第に、自由主義者や戦争反対者にまで拡大。第2次世界大戦の敗戦後に廃止されるまで、約7万人が送検され、数十人が取り調べ中に拷問死したとされる。

 「政府は、作家ら『身に寸鉄も帯びぬ』人たちをなぜそこまで恐れたのか?」

 そんな疑問をきっかけに、多喜二や哲学者の三木清らを罪に陥れようとする内務省(当時警察を所管)の官僚の暗躍を、ミステリー仕立ての4編に描いた。

 巻頭の「雲雀(ひばり)」は治安維持法成立から数年後の話。特高警察による労働組合員への拷問を作品に書き、当局からにらまれた多喜二。後に代表作となる『蟹工船(かにこうせん)』の構想を抱いて取材を続けるが、聞き取りに応じた船員は内務官僚に買収され、ひそかにある指示を受けていた……。

 続く「叛徒(はんと)」は「タマ除(よ)けを産めよ殖やせよ勲章をやろう」などの反戦川柳を詠んだ鶴彬(つるあきら)の身柄を巡る、特高と憲兵のさや当てを描く「スパイ・ミステリーらしい一編」。

 収録の4編を年代順に書き進めていくと、戦時下最大の思想弾圧とされる横浜事件がモチーフの第3編「虐殺」に至って「時代と社会状況が、ミステリーの枠組みからはみ出してしまった」という。

 作中では満鉄東京支社の社員を視点人物に、知人の編集者らが次々と姿を消した謎を追うストーリーに仕立てた。やがて神奈川県警の特高に検挙されたらしいことが知れる。スパイ事件か? だが、いくら論理的思考を重ねても、編集者らと事件の接点にたどり着けない。

 それもそのはず。そもそもが特高の「思い込みによる捜査」だったのだから。

 横浜事件では編集者、新聞記者ら約60人が「共産主義を宣伝した」などとして逮捕され、拷問による取り調べで4人が獄死した。

 「彼らはなぜ特高に引っ張られたのか、まるで分からなかったでしょう。平和な時代でなければ、論理的ミステリーは成立しない。書くうちに、改めてそう思いました」

 作中の満鉄社員に、こう語らせた。〈理解し、批評しているだけでは、いつしか闇に呑(の)み込まれる〉。それは作家の自戒をこめたメッセージとも読める。

 「歴史は繰り返し、絶対的権力は絶対的に腐敗する。この作品は過去を描いたものではなく、(あり得る)未来のディストピア小説だと思っています」(上原佳久)=朝日新聞2021年6月23日掲載