これはルポなのか、小説なのか――。文筆家を名乗る五所純子さんの新刊『薬(クスリ)を食う女たち』(河出書房新社)を読んで、おどろいた。見かけは覚醒剤や大麻などの薬物を使った経験がある女性たちにせまるルポルタージュだが、ページを開いてすぐ、何かが決定的にちがうことに気づく。
たとえば、巻頭におかれた一章「インタビュー」。聞かれたことに「おぼえてないですね」と答える女性〈かれん〉と〈インタビュアー〉のやり取りが続くなか、さらりと〈かれんは思ったが言わなかった〉の一文が顔を出す。言わなかったことが書かれている。一転、虚実の境が揺らぐ。
「人間の語りには本来、整合性がない。でも、無理やり理路を作って書くことはしたくなかった」。暴力を受けた女性が体験を過小評価する傾向にあることも知っていた。「そのままは語れない。だとしたら聞き手がどう語り直すのか」。それがフィクションの形式を採り入れた理由だ。
1979年、大分県宇佐市出身。大学卒業後の2003年からフリーのライターとして活動し、18年から1年余りにわたって月刊誌「サイゾー」で「ドラッグ・フェミニズム」と題するルポを連載した。本書はそれとは別に書き下ろした。
かぎりなくフィクションに近いが、小説にしなかったのはなぜなのか。「彼女たちは現に存在する。それを打ち消してまで小説だとは言いたくなかった」。そう、これは主人公が実在する物語だ。=朝日新聞2021年7月7日掲