20世紀初頭に次々と登場した「シャーロック・ホームズのライバルたち」の一人、法医学者探偵ソーンダイクが活躍する中短編全42編を収めた『ソーンダイク博士短篇(たんぺん)全集』全3巻(国書刊行会)の刊行が完結した。著者オースティン・フリーマンは倒叙推理小説の生みの親と言われる。倒叙とは、あらかじめ読者に示された犯人や犯行手順を探偵が解き明かしていく手法。そう、ソーンダイクは刑事コロンボや古畑任三郎の先祖にあたるわけだ。
彼の持ち味は当時の最新科学に基づき、顕微鏡や試験管などを駆使して証拠を固めていく論理的思考。今回の全集では雑誌連載当時の挿絵や図版をふんだんに載せており、中には現場に残された髪の毛や綿ぼこりの顕微鏡写真や足跡の石膏(せっこう)型写真まである。翻訳者・渕上痩平(ふちがみそうへい)さんの解説によると、科学的実証性を重んじたフリーマンが自ら用意したらしい。
「一見些細(ささい)な事実をまとめ上げ、規則正しい順序に並べ、そこから一貫した筋を組み立てる」。倒叙、科学、論理の3要素が備わった名作「オスカー・ブロドスキー事件」でワトスン役ジャーヴィスが、ソーンダイクの特質を一言で表したせりふだ。天才肌のホームズやブラウン神父に比べて地味な印象のある探偵だが、推理の過程を読者に納得がいく形で提示するフェアプレー精神が実に気持ちいい。謎解き小説の醍醐(だいご)味、ここにあり。(野波健祐)=朝日新聞2021年7月14日掲載