1. HOME
  2. 書評
  3. 「哲学の女王たち」書評 なぜ白人男性ばかりだったのか

「哲学の女王たち」書評 なぜ白人男性ばかりだったのか

評者: 犬塚元 / 朝⽇新聞掲載:2021年07月17日
哲学の女王たち もうひとつの思想史入門 著者:向井和美 出版社:晶文社 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784794972644
発売⽇: 2021/05/24
サイズ: 19cm/249p

「哲学の女王たち」 [編]レベッカ・バクストン、リサ・ホワイティング

 エーディト・シュタインの章がとくに衝撃的だ。
 ユダヤ人家庭に生まれたシュタインは、哲学者フッサールのもとで博士号を取る。彼の論文作成でも重要な役割を果たす。だが功績は認められず、フッサールは彼女の大学教員資格申請を却下。シュタインはそののち修道女となるが、アウシュビッツのガス室で人生を終えた。わたしたちは、シュタインの人生は変えられないが、いまも残る大学の閉鎖性は変えられよう。本書はそう語りかける。
 女性の哲学者を並べたこの本は、白人男性ばかりが並ぶこれまでの哲学史への異議申し立てだ。教育から排除されてきたため数こそ少ないが、女性の哲学者は大昔からいる。だが正当に評価されてはこなかった。
 登場するのは、古代のディオティマに始まる20人。アーレントの人種差別を指摘するように、女性哲学者の偶像化が目的ではない。
 白人男性を白人女性で置き換えただけでもない。
 黒人女性の境遇に典型的に見られるように、性差に人種や宗教など他の属性が加わって交差すると、固有の差別や不利益が生じる。
 そうしたインターセクショナリティ(交差性)の視点をふまえたこの本には、アフリカ系アメリカ人のアンジェラ・デイヴィスやアニタ・L・アレン、ムスリム系のアジザ・イ・アル=ヒブリも登場する。英語圏の女性が多いのは否めないが、アフリカ哲学の魅力を論じたナイジェリアのソフィー・ボセデ・オルウォレ、インドのララ、古代中国の班昭(はんしょう)もエントリーしている。
 原著は2020年刊。新しい研究成果も活(い)かされている。たとえば近年の研究では「オックスフォードの4人」の貢献が注目されているが、本書もそのうちのエリザベス・アンスコム、メアリー・ミッジリー、そして映画「アイリス」にも描かれたアイリス・マードックを平易に語っている。初学者ばかりか、専門家にもお薦めの「もうひとつの思想史入門」だ。
    ◇
Rebecca Buxton、Lisa Whitingの英国の編者2人を含む総勢20人の女性哲学者が分担で執筆。