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アイヌの人々の暮らしを描いた名作漫画「ハルコロ」など小澤英実が薦める新刊文庫3冊

小澤英実が薦める文庫この新刊!

  1. 『ハルコロ』(1・2) 石坂啓漫画 本多勝一原作 萱野茂監修 岩波現代文庫 各1430円
  2. 『イングランド・イングランド』 ジュリアン・バーンズ著 古草秀子訳 創元ライブラリ 1430円
  3. 『通訳者たちの見た戦後史 月面着陸から大学入試まで』 鳥飼玖美子著 新潮文庫 781円

 (1)いまから六百年ほど前、和人による迫害以前のアイヌの人々の暮らしを描いた隠れた名作漫画が復刊。自然への畏敬(いけい)に満ちた風習やアイヌ語の響きに魅了されるが、物語の軸は四人の男女の恋愛模様にある。彼らの暮らしからは、人間と動物が命を繫(つな)いでいく、自然の大いなるサイクルが見えてくる。民具の粋や刺繡(ししゅう)の文様の美しさだけでなく、厳冬の冷気や焚火(たきび)の温かみまで、生き生きと伝える作品だ。

 (2)ある小島にイングランドを丸ごと再現したテーマパークを造ってみたら――という奇想天外な思いつきが、歴史の怜悧(れいり)なシミュレーションをもとに膨張し、めくるめく悪夢的ユーモアの渦に読者を引き込む。アクが強すぎる大富豪と個性派揃(ぞろ)いの従業員たちの下克上と栄枯盛衰に目を奪われていると、リアルと虚構、歴史と記憶がめまぐるしく反転し、いつしか土地の歴史とそこに生きる人間の歴史が溶け合った哀惜極まる景色が広がっている。作品の舞台を日本に置き換えて想像してみるのも面白い。

 (3)終戦の翌年に生まれ、日本で生まれ育った著者は、いかにして同時通訳と英語教育の第一人者になるにいたったのか。自身の足跡を振り返る文章はエッセーのように読みやすいが、日本人が英語と今後どう向き合うべきか、ひいては教育の未来を考えるためのエッセンスが詰まっている。働く女性の先駆者として自律的な動機づけと努力で英語をものにし、チャレンジしつづける著者のパワフルな生き方にも励まされる。=朝日新聞2021年7月17日掲載