主人公は週4日のパートで質素に暮らす38歳の独身女性。「一生つきあう病気」を抱えたことで会社員をやめ、収入に見合う家賃の安い住まいを探そうとするところから物語は始まる。一見、普通に生活できているようでいて、思うようにならないことが増えていく。体の弱さを抱えてみると、他人のトゲのある言葉や、ちょっとした行き違いが、心に突き刺さりやすい。がんばれない自分の体とどうつきあっていくのか。物語は、主人公が古い団地という新しい環境の中で、「食」をきっかけに人と出会い、自分の体とゆっくり折り合いをつけていくさまを描いていく。
劇的な展開はない。薬膳というテーマに触れながら、静かな日常のエピソードが積み重ねられていく。細やかな配慮のゆきとどいた、さりげない描写が心地よい。厳しい現実をきちんととらえながら、深刻になりすぎず、おだやかな着地点を求めて流れていく物語展開は、読む者の心をなだらかにしてくれるようだ。
ちょっとだけ楽になる。ただそれだけのこと。でも、人によっては、それ以上に大切なことなど、そんなにはないのかもしれない。読み終えたとき、素直にそういう思いが心の中に浮かんできた。=朝日新聞2021年7月17日掲載