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「長与専斎と内務省の衛生行政」書評 警察頼みでなく自治精神に期待

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2021年08月07日
長与専斎と内務省の衛生行政 著者:小島 和貴 出版社:慶應義塾大学出版会 ジャンル:政治・行政

ISBN: 9784766427509
発売⽇: 2021/05/28
サイズ: 22cm/285,2p

「長与専斎と内務省の衛生行政」 [著]小島和貴

 長与専斎は明治8(1875)年から16年間、内務省の衛生局長を務めた。近代日本の草創期の衛生官僚といってもよい。その長与を軸にして、日本の衛生行政や個々の衛生環境がどのように整備されていったかを確かめようというのが本書の狙いである。
 長与の在任中にコレラの流行が何度かあったが、その対応に記述が偏るのを避けて、衛生行政の確立という視点にとどまって分析を続ける。それゆえに後藤新平や北里柴三郎など後進の育成に努めた先達としての業績が説明される。祖父も父も蘭学(らんがく)を学び、長与も緒方洪庵主宰の適塾で学んでいる。明治新政府になり、岩倉使節団(明治4~6年)の一行に加わって欧米を見てきたことで衛生行政への関心が高まった。
 西洋衛生行政の仕組みを日本に導入するべきであると考えた。医師である長与は、衛生行政を「医学関係の事業」と呼んでいる。当初は文部省の管轄だったが、同省の意向もあり、内務省衛生局にその機構と役割を移すことになった。その後、コレラ対策について内務省が所管する警察行政に依拠することになる。内務卿からは「衛生ノ事タル医学理学等ノ原理ヲ移シテ政務上ニ活用スル」との見解が示された。
 とはいえ長与は伝染病対策における警察行政との関係を重視しつつも、衛生行政が警察行政に組み込まれることに反対している。人民は病を隠すであろうと批判する。内務省衛生局の真意は、警察と一線を画すことであった。
 長与は医学・医療は官民の協力がもっとも重要だと主張する。衛生環境が整備されるには、住民の自治精神こそ求められるとの心境に行き着いた。彼の組織した大日本私立衛生会は人民の側に立ち、「理義を説き諭して迷夢を警醒すべき」と訴えた。英国の衛生法を範としていたのである。
 長与の先駆的歩みは、今の医学・医療のあり方にいくつか示唆を与えている。
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こじま・かずたか 1970年生まれ。桃山学院大教授(日本行政史)。著書に『長崎偉人伝 長与専斎』。