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【記者推し】小説でもエッセーでもない、自由な短文集に風吹く心地

アンソロジー「kaze no tanbun」シリーズ全3冊

 小説でもエッセーでもない「短文」を掲げたアンソロジー「kaze no tanbun」が、シリーズ第3作となる『夕暮れの草の冠』(柏書房)をもって完結した。それぞれ判型も装丁もことなる3冊の掉尾(ちょうび)を飾るのは、深緑の布に金の箔(はく)押しをほどこした一冊。分野を超えた作家らによる書き下ろしの競作で、定型に収まりきらない魅力を放っている。

 仕掛け人は、かつて文学ムック「たべるのがおそい」(書肆侃侃房)を手がけた翻訳家で作家の西崎憲さん。異色なのは本の見た目にとどまらず、目次を巻末に置いたり、文中の一節を抜き出してランダムなページに配したり。ほかでは目にできないたくらみが、既存の枠組みを軽やかに外す。

 もちろん収められた作品も一筋縄ではいかない。最終巻となる第3作でも、〈理想文章とは理想文章の状態方程式を満たす文章である〉と円城塔さんの「ドルトンの印象法則」が論文調で煙(けむ)に巻き、皆川博子さんの「夕(ゆふべ)の光(ひかり)」は西條八十の詩や塚本邦雄の短歌を引きながら、小説家とみられる〈私〉の老境と回想をつづる。

 ほかにも翻訳家の岸本佐知子さん、斎藤真理子さん、松永美穂さんが外国語の翻訳ではない文章を寄せていて、読み味も新鮮だ。

 小説なの?エッセーなの? 読むほどに、そんなことはどうでもよくなる。これは風の短文。ページをめくるたびに、自由な風の吹く心地がする。(山崎聡)=朝日新聞2021年8月11日掲載