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「神よ憐れみたまえ」書評 受難と喜び 激動する生の普遍

評者: 大矢博子 / 朝⽇新聞掲載:2021年08月14日
神よ憐れみたまえ 著者:小池 真理子 出版社:新潮社 ジャンル:小説

ISBN: 9784104098101
発売⽇: 2021/06/24
サイズ: 20cm/570p

「神よ憐れみたまえ」 [著]小池真理子

 昭和38年のある夜、製菓会社の御曹司とその妻が何者かに惨殺された。それまで何不自由なく育ってきた12歳の娘・百々子の暮らしはその日から一変する。
 父方の親戚と反りの合わない百々子は、信頼する家政婦・たづの家に身を寄せることに。温かなたづの一家に守られ、母方の叔父に可愛がられながら、百々子は成長していった。しかし両親を殺した犯人はいつになっても判明せず……。
 読者には先に真相がほのめかされる。それを百々子がいつ知るのか。ページを追うごとに緊迫感が増す。
 だが、ミステリの構造をとってはいるものの、本書の主眼は百々子が辿(たど)った12歳から62歳までの激動の人生にある。
 両親の突然の死。親しい人との別離。信じていた人からの裏切り。次々と彼女を襲う波乱。それに立ち向かい運命を切り拓(ひら)こうとする百々子はスカーレット・オハラさながらで、時間を忘れてのめり込んだ。
 彼女を取り巻く人々も印象的だ。百々子を支えたたづと、その家族。百々子を見守り続けた教師。特に、たづがいい。素朴でおおらかな愛が、百々子のみならず読者も癒やしてくれる。
 驚いたのは、決して普通とは言えない百々子の生涯から、普遍的な人生の形が浮かび上がったことだ。別れと出会い。苦難と喜び。人を見送り、そして見送られる。それを繰り返しながら前に進むのは、百々子だけでなく皆同じだ。それが生きるということなのだと伝わってきた。だからだろう、百々子を応援していたはずなのに、いつしか彼女に励まされる自分がいた。
 作中、百々子が他者から「強い」と評される場面が2カ所ある。22歳の百々子はそれに対し「私はただ、自分で自分に負けたくないだけ」と答えた。しかし62歳になった彼女は同じ問いかけに別の言葉を返す。
 何と返したか、ぜひ本編で確かめてほしい。終章は震えるほどに荘厳。圧巻の一代記である。
    ◇
こいけ・まりこ 1952年生まれ。1992年に『恋』で直木賞。2013年に『沈黙のひと』で吉川英治文学賞。