目指すは幻の王宮「チンダ・ダラハ」
―― 『アブナイかえりみち』(ほるぷ出版)は、小学校の教室で「ほうかごスペシャルたんけんたい」を名乗る男子5人が新たな冒険の計画を立てるシーンから始まる。目指すは幻の王宮「チンダ・ダラハ」! 妄想好きな彼らの手にかかれば、平凡な帰り道も、獰猛な獣が潜む危険いっぱいの道のりに早変わり。はたして彼らは無事、目的地に到着できるのか? アイデアの原点は、作者・山本孝さんの小学生時代の思い出だ。
僕は愛媛の生まれなんですが、小学校の頃は、田んぼだらけの帰り道を友達と「探検隊ごっこ」をしながら帰っていました。当時、小学生の間で流行っていたのが「川口浩探検隊」。川口浩隊長率いる探検隊が世界の秘境に分け入って、人食いワニや猛毒ヘビを相手にしながら、幻の生物や伝説の都市を求めて探検する番組です。僕らはみんなその番組に夢中で、その影響で毎日のように探検隊ごっこを楽しんでいたんです。
その当時の思い出を絵にして、2009年に「放課後の男の子~学校と家のあいだ~」と題した個展を開催したところ、それを見た編集者さんから、妄想いっぱいの帰り道を絵本にしないか、と声をかけてもらいました。
―― 文章は「あらたな ぼうけんの はじまりである」「ジャングルは つねに きけんに みちているのだ!」など、独特の言い回しが続く。
これは完全に「川口浩探検隊」の口調ですね。絵本ではありえないような言い回しなので、読みづらいかもしれませんが、ここはあえてこれでいってみようかなと。
自分が子ども時代に夢中になった遊びが、はたして今の子どもにも通じるのか、という不安は、制作中もずっとありました。時代とともに子どもたちの置かれる環境も変わってきているし、おもちゃなんかも進化して、僕の子どもの頃とは遊び方も違ってきているでしょうからね。
ただ、脈はあったんですよ。近所の小学生たちが帰り道、縁石の上を歩きながら、「とお!」「たー!」なんて言い合って遊んでいて、これならいけそうやな、と。時代が変わっても、子どもが何を楽しいと感じるか、何に笑うかってところはきっと一緒のはず……これは僕の希望でもあるんですが、そう信じて絵本を作っていきました。
“余白恐怖症”ゆえの濃密な絵
――「ほうかごスペシャルたんけんたい」の隊員は、リーダーのヒデ、いつもかっこつけているコウ、実況が得意なタクら5人。探検中は「1号」「2号」などと呼び合う。
探検隊のメンバーは、戦隊モノのセオリーに倣って5人にしました。僕自身は3人で遊ぶことが多かったんですが、編集者さんが、1人や2人だと妄想が内側に入ってしまうけれど、5人いると妄想がどんどん外に広がっていくから、とアドバイスをくれて。必然的にそれぞれの個性も決まっていきました。
―― 制作当初からアイデア出しに使っていたというスケッチブックには、絵や文字がびっしり。原画にも余白は一切なく、隅々まで濃密に描き込まれている。
アイデア出しの段階では、気になるものを思いつくままスケッチブックに描いていきます。そのあと、32ページでまとまるよう構成を考えてから、粗いラフを描いて、イメージを詰めていきます。ここまではまだ楽しいんですけど、このあと、鉛筆で下絵を描いていくところが一番しんどい。原画はこの下絵をトレースして描くので、ラフでは曖昧に描いていたところも、細部まできっちり描き込む必要があるんです。僕は余白恐怖症で、ページの隅々まで全部描きたいタイプ。企画から原画完成まで、2年近くかかりました。
制作に時間がかかったのは、この作品を機に描き方をさらに細かくしたせいでもあります。それまで、いつも締切に追われながら仕上げていたんですが、あとで絵本を見返すと、もっと描き込みたかったなぁと後悔することが多かったんですね。それで、どうせなら一切妥協せずしっかり描かせてもらおう、と思うようになって。編集者さんからは筆が遅いとさんざん言われますが、納得いくまでとことん描かせてもらえるのはありがたいですね。
全ページがクライマックス!
―― 幻の王宮「チンダ・ダラハ」や、途中で通過する「ンラズス」「チマンホ」など、逆さ言葉をもじった名称がユニークだ。中南米奥地の秘境っぽい響きを意識して考えたという。
「チンダ・ダラハ」には苦労しましたね。彼らのゴールはマンションやハイツというより、やっぱり団地だろう、ということで、「チンダ」はわりとすぐに決まったんですが、「緑ヶ丘」ではややこしいし、面白くないし……「チンダ」のあとに何が続くといいか、いくつも唱えながら考える中で思いつきました。逆さ言葉と気づいた子どもがニヤッとしてくれたらうれしいですね。
―― 担当編集者いわく、『アブナイかえりみち』は「全ページがクライマックス」。通常の絵本は、クライマックスに向けて徐々に盛り上げていくようなページ構成で作られるが、『アブナイかえりみち』は、すべてのページが見せ場になっている。
僕自身が思いっきり妄想して、描きたいシーンばかりで構成したので、前のページとのつながりはあまり意識していなくて。「ンラズスとりで」を足早に歩くシーンの次のページで、いきなりブロック塀の上を歩いてる……といった感じで、時間と場所が連続していないんですよ。
絵と文章の勢いやノリで無理矢理つながっているように見せているんですけど、これで読者がついてこれるのか、と出版前は不安だったところもありました。でも、僕自身は、『アブナイかえりみち』を描いているときから、2作目はお風呂屋さんを舞台にしようと考えていたんですけどね。
―― 2015年にシリーズ2作目となる『アブナイおふろやさん』が出版された。現在は12月出版予定の3作目『アブナイこうえん』を鋭意制作中だ。
今度は公園を舞台に、宇宙を妄想します。1作目、2作目と楽しんでくれた子どもたちに対して、これまでよりも少ない素材でより壮大に妄想をしてもらおうという、実験的な試みの絵本です。僕が子どもの頃に遊んでいたおもちゃなどを資料に、かっこいいマシーンをたくさん描きました。どれだけ想像力を駆使してもらえるか、読者のみなさんの感想が楽しみです。