- 黒牢城
- インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー
- TOKYO REDUX 下山迷宮
今年のミステリーのひとつの傾向として、歴史ミステリーの秀作が多いことが挙げられる。ひとつの時代をありありと浮かび上がらせるには、史料の微細な読み込みと、時代の流れを把握する俯瞰(ふかん)的な視点とが必要とされるし、過去に生きる人間を説得力豊かに描くには、現代とは異なるその時代特有の価値観と、それでいて現代人にも共感できるキャラクター造型とを両立させなければならないだろう。歴史ミステリーとは、そんな高いハードルが設定されたジャンルなのである。
織田信長に叛(そむ)いた戦国武将・荒木村重と、豊臣秀吉の軍師として名高い黒田官兵衛。米澤穂信『黒牢城(こくろうじょう)』は、この二人を主人公とする歴史ミステリーだ。村重を翻意させるため有岡城にやってきた官兵衛を、村重は土牢に幽閉してしまう。やがて城内では、人質の変死、凶相に変じた敵の首などの怪事件が続発。困惑した村重は官兵衛の知恵に頼ろうとするが……。本作は複数のエピソードから成立しているが、フィクションであるそれらの出来事を、最後には史実へと収斂(しゅうれん)させてゆく構想が精密だ。普段の著者と異なる重厚な文体にも驚かされるし、知略縦横の城主としての表の顔と、誰にも頼れない孤独に悩む裏の顔を持つ村重の人物造型も印象に残る。
『開かせていただき光栄です』『アルモニカ・ディアボリカ』と書き継がれてきた皆川博子の「エドワード・ターナー三部作」が、『インタヴュー・ウィズ・ザ・プリズナー』でついに完結した。舞台は前二作の一八世紀イギリスから独立戦争期のアメリカに移動する。エドとクラレンスはイギリス軍の補給隊として渡米するが、エドは殺人の嫌疑で投獄されてしまう。独立をめぐる陰惨な争いを描きつつ、独立派と先住民の両方の血を引く者の複雑な立場など、単純な善悪の二項対立では割り切れない歴史の襞(ひだ)に分け入ってゆく細やかな筆致が著者らしい。
奇(く)しくも、東京在住のイギリス人作家デイヴィッド・ピースの『TOKYO REDUX 下山迷宮』も「東京三部作」の第三作だ。前二作では小平事件、帝銀事件という戦後占領下の有名犯罪を扱っていたが、今回のテーマは、一九四九年、国鉄総裁が轢(れき)死体となって発見された下山事件。当時から識者の見解も自殺説・他殺説に分かれ、陰謀論も囁(ささや)かれている怪事件だが、デモーニッシュな熱狂を内包した文体を駆使し、GHQの捜査官や元刑事の私立探偵らの視点からこの事件を描いた本作は、戦後にとどまらない昭和という時代そのものの闇を浮かび上がらせた犯罪小説であり、文体の実験を繰り広げた意欲的な前衛小説とも言える。=朝日新聞2021年8月25日掲載