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「統計データの落とし穴」書評 木を見て森を見ない誤用に注意

評者: 坂井豊貴 / 朝⽇新聞掲載:2021年09月18日
統計データの落とし穴 その数字は真実を語るのか? 著者:ピーター・シュライバー 出版社:ニュートンプレス ジャンル:数学

ISBN: 9784315524291
発売⽇: 2021/07/21
サイズ: 21cm/279p

「統計データの落とし穴」 [著]ピーター・シュライバー

 90年代のニューヨーク市警に、取り締まりや犯罪データの収集システムが確立した。ある分署長はそれを使い、警官や部署の活動を、数値評価し始めた。もちろん警官の行動は変わっていった。無意味な職務質問を増やしたり、重大犯罪を微罪として扱ったり、被害者が被害届を出すのを邪魔するようになったのだ。数値ノルマを達成するため、そのような行動は署の全体でなされた。数値評価を導入すると、人はそれに応じて行動を変える。結果として、その数値評価を通じて実現したかったことと、反対のことだって起こる。
 数値評価は大切なように思える。なんせ数値は、数値で表せないものと比べて、はるかに見えやすいし、分かりやすいから。だから人は数値を見て、そこに答えがあるような気になる。これを著者は「夜中に落とした鍵を探す酔っぱらい」に喩(たと)える。夜中に暗い茂みで鍵を落としたのだが、街灯の下のほうが明るくてよく見えるからという理由で、街灯の下ばかりを探す酔っぱらいのことだ。
 数値を正しく扱うことは難しい。例えばイギリスで、オランダ産の花と、ケニア産の花を買うのとでは、どちらが環境負荷は低いだろうか。直感的には輸送距離が短いオランダ産だろうが、答えはケニア産だ。海上輸送はエネルギー効率がよく、この点でケニアはほとんど不利にならない。しかしケニアと違い、オランダでは温室で花を育てるので、総合的な環境負荷は高くなってしまうのだ。輸送距離は、複雑な全体のごく一部にすぎない。ごく一部の数値を見て全体を分かった気になるのは、数値の典型的な誤用である。
 数値や数値評価をめぐる数多(あまた)の混乱と失敗が、本書には収められている。さらには終盤に、どうすれば適切に数値や数値評価を扱えるか、多くのアドバイスも備えられている。称賛や非難と結びつけて使うことには慎重であれ、というのは第一の教えである。
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Peter Schryvers カナダ・カルガリー市都市計画官、公認都市計画家、カナダ都市計画家協会会員。