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垣根涼介さん「涅槃」インタビュー 戦国武将・宇喜多直家の生涯

垣根涼介さん

 義父を酒宴でもてなし殺害。娘の嫁ぎ先も、お構いなく討ち滅ぼす。そんな戦国時代の「梟雄(きょうゆう)」として悪名高い武将・宇喜多直家の生涯を、垣根涼介さんが『涅槃(ねはん)』(上下巻、朝日新聞出版)で描いた。勢力争いの中でもがく姿からは、悪役のイメージからはほど遠い素顔が浮かび上がる。

 物語の舞台は備前国(岡山県)。住んでいた城を幼いころに攻め落とされ、商家と尼寺で養われた直家は、商いの活気に満ちた町で育った。「武士としての正規の教育を受けていない。生き方が商人なんです」

 嫡男(ちゃくなん)の直家には「お家再興」の悲願が重くのしかかる。かつて宇喜多家の襲撃に加担した浦上家に母子で仕え、なんとか城を持つ武将となる。一方、主君の浦上宗景はうわさに惑わされ、直家に義父を討つよう密命を下す。あらがえるはずもなかった。「みんな直家の一部分しか見ていない。淡々と事実を調べると、織田信長や武田信玄のほうがよほどひどいことをしている」

 石高が20万石になったところで、東には上洛(じょうらく)を果たした織田信長、西には毛利家という2大勢力が控えていた。織田になびき、毛利につき、と直家の行動は武士の倫理観とは相いれない。だが、垣根さんはいう。「ありとあらゆる悪条件の中で生き延びようとしているだけ。『いさぎよさ』なんか求めていない。なんとか自主独立の権利を勝ち取ろうと、死にものぐるいですよ。たとえ降参はしても、ある程度自由は担保したい、と」

負けないための戦い、現代日本に重なる

 直家がおかれた状況は、現代の日本に重なるという。人口減が進み、「経済大国」としての存在感はとうになく、米国、中国という二つの大国のはざまにいる。

 「基本的に、僕らはいま日本という、沈みゆく大船に乗っている。これから先、しばらくはずっと撤退戦が続く。そんな中で求められるのは『大勝ち』ではなく、『負けない戦』。立身出世物語がマッチしない時代だと思っている」

 直木賞候補にもなった『信長の原理』では織田信長を描いたが、勝ちを重ねて頂点に立った姿を主眼にはせず、「テーマで切りとった。そう見せないと書けなかったから」。では、負けまいともがき続けた直家を描いた今回の作品はどうか。「宇喜多直家という人物自体、とても現代的な生き方をしている。テーマで切らず、すべてを見せた」。書き上げたのは原稿用紙1800枚の大作。「昭和のような時代が続いていたら、直家は書かなかった」(興野優平)=朝日新聞2021年9月22日掲載