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「天皇制と日本史」書評 埋もれた歴史観を現代に活かす

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2021年09月25日
天皇制と日本史 朝河貫一から学ぶ 著者:矢吹 晋 出版社:集広舎 ジャンル:歴史・地理・民俗

ISBN: 9784867350126
発売⽇: 2021/08/01
サイズ: 22cm/676p

「天皇制と日本史」 [著]矢吹晋

 日本の近現代史を俯瞰(ふかん)して、もっと国民的レベルで論じなければならない先達がいる。この朝河貫一もそうだろう。青年期にアメリカに留学し、イェール大学などで教鞭(きょうべん)をとり、米政府の対日政策などに少なからず影響を与えた。
 1941年12月の日米交渉の最終段階で、ルーズベルト大統領が昭和天皇に宛てた親電の原案は朝河がまとめたと言われている。歴史の折り目には、米政府に日本の考え方を解説していたのだ。その部分の検証が改めて必要になっていると見ていいように思う。
 690ページに及ぶ本書は、二つの特徴を持つ。第一に、朝河の論文、著作を読破して彼の思想、哲学、歴史観をもとに改めて日本史や日米関係史を振り返ってみようとの試み。第二に、朝河論文を批判する日米の研究者への丁寧な反論。著者は現代中国政治の研究者だが、自らのフィールドで朝河の歴史観をどう活(い)かすか、その方法も明かしている。
 朝河の大化の改新論や鹿児島県での「入来文書(いりきもんじょ)」の発見、日本封建制の分析、天皇と沖縄の関係、中国への謝罪に「迷惑」という言葉を使った問題――など、朝河史学を学ぶことで歴史の実相(特にアメリカの思惑)が垣間見えてくる。
 さらに、ペリー来航時に幕府に「白旗」を渡したか否かの論争、戦後の沖縄についての「残存主権」という用語、玉音放送の分析などが興味深いが、朝河は、敗戦後のアメリカの日本占領支配が、「白旗」に象徴される恫喝(どうかつ)であってはいけないと警鐘を鳴らしていた。
 著者によると、朝河史学が歴史の闇に埋もれたのにはいくつか理由がある。本人の著作や論文も、それを評価する論文も英語で書かれていること。さらに、駐日大使を務めたライシャワーの日本論は朝河論文に依拠しており、ライシャワー批判のとばっちりを受けたともいう。しかし朝河の日本封建時代の捉え方が納得されなかったことが大きいとも指摘している。
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やぶき・すすむ 1938年生まれ。横浜市立大名誉教授。著書に『習近平の夢』『コロナ後の世界は中国一強か』など。