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木村セツ「90歳セツの新聞ちぎり絵」 斬新に色を重ね、明るく開花

 作者の木村セツさんが「自分ではこれがいちばんようできた思てます」というブロッコリーのちぎり絵を、今すぐ、あらゆる人に見て欲しい。もちろん、カラーで。丁寧にデッサンした下絵に新聞紙から探してきた緑や黄、灰色などの「色」を斬新に重ね、モコモコのつぼみ部分はなんと様々な木の写真で表現されている! 野菜、野花、するめ、しめ飾り……奈良の田舎で暮らす四季折々の身の回りのものが楽しいモチーフとなり、セツさんの日常や思い出と重ねた解説がつく。

 昭和4年生まれ、戦争を経て、若い頃から畑仕事や家事、育児に喫茶店の手伝いにと働き詰めだったセツさんは、89歳で長年連れ添った夫を亡くし、「何もすることなくなって」。趣味など縁がなかった彼女は、娘の勧めではじめたちぎり絵で才能を開花、いや、爆発させる。

 これまでずっとケア労働に追われていたセツさんが、時間も忘れて創作に没頭し、「ちぎり絵するから、おとうさん(夫)のことほんまに全然思わんようなりました」と語る。この素晴らしく明るい作品群に、解放のエネルギーを感じとるのは、私だけではないはずだ。

 また、この本が、清田麻衣子さんという女性がひとりで営む独立系出版社である里山(さとやま)社から刊行されたのも、幸福なことだったと思う。大袈裟(おおげさ)なキャッチコピーで煽(あお)ったり、認知症予防を謳(うた)ったりせず、セツさんの作品とことばに最大の敬意をはらって編まれている。結果的に、このコロナ禍で私もやってみようという高齢者は多いだろうし、芸術として愛(め)でる読者もいるだろう。ひとりの女性の作品がひとり出版社の手仕事を経て、まっすぐに私たちに届いた。

 昔から、男性中心の「芸術」から排除された女性たちは、わずかな休息時に家にあるものでつくる「手芸」「クラフト」と呼ばれる分野で表現し、独自のアートを発展させてきた。この本にも、戦前から生きてきた女性の魂が確かに宿っている。=朝日新聞2021年9月25日掲載

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 里山社・1980円=6刷1万5千部。2020年2月刊。著者の孫によるツイッターでの発信もあり、女性読者に浸透。続編『91歳セツの新聞ちぎり絵 ポストカードブック』も。