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「小川洋子のつくり方」書評 声にならない声 すくい上げて

評者: 押切もえ / 朝⽇新聞掲載:2021年10月02日
小川洋子のつくり方 Making of Authors 著者:小川 洋子 出版社:田畑書店 ジャンル:日本の小説・文学

ISBN: 9784803803860
発売⽇: 2021/08/06
サイズ: 20cm/246p

「小川洋子のつくり方」 [編]田畑書店編集部

 小川洋子さんの小説に漂う静謐(せいひつ)で美しい空気感とあたたかさが好きだ。
 その空気感はきっと、小川さんが扱う言葉のひとつひとつ、日々の何でもないことに光を当ててくれる温(ぬく)もりを持った眼差(まなざ)し、語りかけてくるような行間などの全てが創り出している。
 『博士の愛した数式』や『ミーナの行進』、また他のちょっと寂しい話や奇妙で不思議な話に描かれるのは、けっして綺麗事(きれいごと)だけではない世界。そこで人々は、ひたむきにたくましく生きている。日常、――その中でも閉ざされたような場所で、何かを失った人、あるいは失いかけている人が、そこから大きく広がる世界を見せてくれ、小さいながらも貴く輝かしいものを教えてくれる。
 本書は世界中で愛される小川さんのそんな創作の秘密に迫る一冊。海外紙評に加え、様々なインタビューと全作品解説が収められている。
 幼少期に影響を受けたという『アンネの日記』や好きな作品への思い、デビュー時の逸話や書く上で大切にしていることなど、とても読み応えがある。中でも、台所にワープロを置いてよちよち歩きの息子さんの世話をしつつ一行一行書き進めていた、という話は、私自身、生後まもない第2子を抱きながら胸を熱くして読んだ。
 「言葉では全部伝えきれない」ということを前提に書くと言い、「自分で自分を主張する言葉を持っていない人、それを与えられなかった人、そういう人の声にならない声を言葉にできるのが作家の特権」だとする。その姿勢を貫く小川さんの思いを知り、巻頭にあるニューヨーク・タイムズ紙に戦争と原爆について綴(つづ)った寄稿「死者の声を運ぶ小舟」の一語一語の重みが増す。そしてこれまで読んできた小川さんの物語の世界も色濃く蘇(よみがえ)った。
 これからも、理屈で説明がつかないものを見捨てずに掬(すく)い上げて、美しく静かな世界を見せてほしい。
    ◇
ニューヨーク・タイムズ紙への寄稿、仏や日本での講演、堀江敏幸らによるインタビューなどを収録。