1. HOME
  2. インタビュー
  3. 岸由二・慶応大名誉教授が新刊『生きのびるための流域思考』を出版 地形を知り、豪雨から身を守る「流域思考」

岸由二・慶応大名誉教授が新刊『生きのびるための流域思考』を出版 地形を知り、豪雨から身を守る「流域思考」

エコツアーのガイドを務める岸由二さん=内田光撮影

 気候変動で豪雨が増える時代を見据え、災害から身を守るために自分が暮らす「流域」をよく知る必要があると説く岸由二・慶応大学名誉教授(74)が今夏、『生きのびるための流域思考』(ちくまプリマー新書)を出した。岸さんが長年の活動を通して訴えてきた実践と理論、歴史が分かる一冊だ。

 岸さんはベストセラー『利己的な遺伝子』(リチャード・ドーキンス著)の共訳などで知られる進化生態学者。いま東京都町田市の鶴見川源流域に暮らす岸さんは「カスリーン台風(1947年)の夜、氾濫(はんらん)する目黒川の川辺の町で生まれた」。「横浜市の鶴見川河口の町で過ごした子ども時代はひたすら川で遊び、戦後の鶴見川の氾濫はすべて自宅で体験した」という。慶応大学日吉キャンパス(横浜市)で研究・教育に従事するかたわら、鶴見川流域や三浦半島の「小網代(こあじろ)の森」などで生態系保全や身近な自然の魅力を伝える活動に奔走してきた。

 2013年の『「流域地図」の作り方』、16年の『「奇跡の自然」の守りかた』(柳瀬博一〈ひろいち〉さんとの共著)に続く今回の本は、同じちくまプリマー新書「3部作」の3冊目にあたる。

 「1冊目では近所の川を源流から河口まで歩き、水が集まる大地の連なりを体感しながら自分なりの地図をつくろうと子どもたちに呼びかけた。2冊目の共著は、そうした流域の豊かな生態系を丸ごと保全した小網代の森を紹介した。今回の本ではすべての活動の原点である故郷・鶴見川の水防災の話を書きました」

 身近な地形や生態系などの自然から発想する岸さんの「流域思考」は、災害の危険から命を守るために大地から積み上げた知恵だ。

 「豪雨による災害は雨量と地形によって起きる。短時間に強い雨が降ればどんな土地でも土砂災害の危険が高まり、上流で激しい雨が降れば雨が降っていない下流でも川の水位が増す。気象情報は自宅周辺の具体的な危険までは教えてくれない。行政の地域区分や既製の地図に頼るだけでは生き残れない」

 岸さんの視線は遠く、数百年単位の人類の未来にも向かっている。近年は気候変動による豪雨災害が全国的に増え、人類は科学技術を駆使して膨大なエネルギーを消費する産業文明をどう転換するかという問題に直面している。

 「極端な脱文明でも科学技術一辺倒でもない。求められているのは文明も自然の一部として自然と共生するような持続可能な都市づくりで、それを支えるのが流域思考です」

 コロナ禍で遠出が難しくなり、都市部の住民であっても身近な自然に目を向ける機会が増えた人は多い。

 「気候変動の危機に適応するためにも近所を歩き、自分なりの『地図』を育んで、一人一人の暮らしと自然が一体となった新しい哲学に高めていってほしい」(大内悟史)=朝日新聞2021年9月29日掲載