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編集工房ノア・涸沢純平さんをつくった『金閣寺』 屈折する精神世界の美

 映画「炎上」(市川崑監督・市川雷蔵主演、大映、1958年)を、私は中学生の時、二人の姉に連れられて、西舞鶴(京都府舞鶴市)の封切館で観(み)た。チャンバラ映画で好きだった美男の雷蔵が、丸坊主になって、金閣寺を焼いた青年僧を演じ、「お経だけは吃(ども)りません」と鼻にかかった声で言った。未成年の私たちが揃(そろ)って特別になぜこの映画を観に行ったのか。

 実際に50年、金閣に放火した坊さんは、私たちと同じ舞鶴生まれ、それも市街ではなく、若狭湾にこぶしのかたちで突き出た小さな半島の二つ隣になる岬の村のお寺の息子だったのだ。

 映画の最後、母親は逮捕された息子に会おうともせず、鉄道自殺した。息子は移送中の汽車から飛び降りて死ぬ。そこで鳴る汽笛。

 三島由紀夫原作「金閣寺」は、高校生になって読んだ。「幼時から父は、私によく、金閣のことを語った」「私の生(うま)れたのは、舞鶴から東北の、日本海へ突き出たうらさびしい岬である」と、最初から舞鶴そのもの、濃い同郷の岬が現れて、衝撃を受けた。

 小説は「私」で書かれる。生まれた土地柄、吃音(きつおん)というコンプレックス、金閣へのあこがれが語られ、金閣寺で得度する。その後の屈折する精神世界が濃密に描かれる。実際の人物が美学小説となっていく魔術に圧倒された。そんなふうになるのか、とも思った。

 私はひそかに文章を書くようになり、生徒会本部室のガリ版を借りて、中トジの冊子を作った。文章は成らなかったが、本を作る喜びとなったのである。=朝日新聞2021年10月13日掲載