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「くらしのアナキズム」書評 不真面目さが育む民主的な社会

評者: 藤原辰史 / 朝⽇新聞掲載:2021年11月27日
くらしのアナキズム 著者:松村 圭一郎 出版社:ミシマ社 ジャンル:社会思想・政治思想

ISBN: 9784909394576
発売⽇: 2021/09/24
サイズ: 19cm/237p

「くらしのアナキズム」 [著]松村圭一郎

 本書に登場するオードリー・タンは自身を「保守的アナキスト」と呼ぶ。「暴力や権力で威圧できる、既得権益などを独占している、ただそれだけの理由で他者を従わせてはならない」というのがタンのアナキズムの定義だ。アナキズムとは無政府状態を作り出し、やりたい放題に暴れ回るような心的態度ではないことをまず確認しておこう。
 人類学者の松村は、エチオピアでの調査や故郷熊本の実家を失った震災経験を咀嚼(そしゃく)しつつ、息苦しい管理社会からの脱出方法を少なくとも三つ教えてくれる。真面目になれと言われているものに不真面目になる、遊びのない空間に遊びを加える、用もないのに話しかけてみる。読んでいるだけで、日々のくらしがちょっとだけ楽しくなりそうだ。
 『うしろめたさの人類学』もそうだったが、優しく、隣席に座って話しているような文章も心が落ち着く。本から元気をもらい満足してしまう。だが、それだけではもったいない。
 ここで問われているのは、全世界共通の課題だ。政治と経済をどう私たちのくらしの場に取り戻すか。上から降ってくるだけの政策と、少数意見をなきものにする選挙制度。必要以上に人を働かせて、余剰生産物を支配者のために吸い取る経済制度。そんなものは政治や経済の名に値しないと松村は考える。「未開社会」と呼ばれる場所では、あえて蓄積につながる無用な過剰生産を拒否してきたという学説も紹介されている。権力の集中を避けることにより、真の意味で民主的な世界を生み出すのだ。
 全会一致主義をとる村の寄り合いの事例も興味深い。松村は、きだみのるが聞き取った言葉を引用する。多数決で決めると「茶飲みに行く家の数がへってうまかあねえもの」。妥協に満ちたくらしを優先させたアナキズム。化石化した常識を次々とさわやかに破壊する手つきを堪能し、今とは別の政治と経済のあり方に思いをはせたい。
    ◇
まつむら・けいいちろう 1975年生まれ。岡山大准教授(文化人類学)。著書に『うしろめたさの人類学』など。