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「文化地理学講義」書評 風景を解読する理論のパノラマ

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2021年11月27日
文化地理学講義 〈地理〉の誕生からポスト人間中心主義へ 著者:森 正人 出版社:新曜社 ジャンル:哲学・思想・宗教・心理

ISBN: 9784788517394
発売⽇: 2021/09/27
サイズ: 19cm/276p

「文化地理学講義」 [著]森正人

 「教科書的」というと退屈な本にお決まりの形容詞だが、何事にも例外はある。その好例と思うのが本書。現代地理学の、文字通り教科書的な入門書である。
 地理学は元来が文理融合型の学問分野で、一時は方法的な行き詰まりもあったが、1990年代の情報技術革命とGIS(地理情報システム)の恩恵を得て、自然地理学・人文地理学ともに隣接分野との協働が深くなった。話題になった高校教育における「地理総合」の必修化は、こうした経緯の反映でもあるだろう。
 だが本書は検定教科書のような網羅主義ではない。文化地理学は歴史的に新しい分野だが、本書は「文化」と「地理」をめぐる思弁と理論に一貫して照準する。
 人間の作り出した文化が地理上にどのように分布するかを見ることに始まった文化地理学は、やがて、自然が社会や文化を作るのではなく人間による文化が自然環境に働きかけて景観を作り出すという見方へと移行する。風光明媚(めいび)な景勝地も、懐かしさを喚起する田園風景も、文化の所産として「読む」ことができるようになったのである。
 本書はこうして生まれた「人間主義地理学」の系譜が地理学内外と折衝し、特に90年前後からの文化論的転回とグローバル資本主義の拡大の中でいかに理論的に展開してきたかを総覧する。理論に意欲的な著者の志向を反映して繰り広げられる文化地理学の学説史は、さながら現代思想のパノラマのように壮観だ。
 志賀重昂(しげたか)『日本風景論』から現代の新海誠アニメまで、本書が想起させる「日本的風景」は枚挙にいとまがないだろう。
 かつて教科書はその道の大家が描く学知の結晶のごとく見なされたものだが、変化の大きな近年ではむしろ若手が任をになうにふさわしいように思う。同様に本書のような教科書も、高度成長とバブル期以来の景観の激変を目撃し、責めを負う中高年世代にこそ読まれてしかるべきだろう。
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もり・まさと 1975年生まれ。三重大教授(文化地理学)。著書に『豊かさ幻想』『展示される大和魂』など。