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「冬」 聖夜に集う 分断の時代の家族 朝日新聞書評から

評者: 犬塚元 / 朝⽇新聞掲載:2021年12月18日
冬 (CREST BOOKS) 著者:アリ・スミス 出版社:新潮社 ジャンル:小説

ISBN: 9784105901752
発売⽇: 2021/10/29
サイズ: 20cm/333p

「冬」[著]アリ・スミス

 引き込まれて一気に読んだ。知的で、愉快で、そのうえ政治を語る小説と言ってよいだろう。
 アリ・スミスはスコットランド出身の、英国でいま最も注目される作家のひとり。ノーベル文学賞の有力候補と評されることもある。この『冬』は、EUからの離脱を問う国民投票をふまえて始まった四季4部作の第2作。連作だが、この1冊だけでも楽しめる。
 政治的分断というテーマからすれば、重苦しさや説教臭さが顔を覗(のぞ)かせても不思議ではないが、軽妙な語りがそれを感じさせない。饒舌(じょうぜつ)な言葉遊びが知性を刺激してやまないのは、翻訳の良さも与(あずか)ってだろう。
 本作は、ディケンズの『クリスマス・キャロル』の翻案として読むこともできる。強欲・冷酷で自分の殻に閉じこもる実業家が、心を改めて、他人と交わりクリスマスを祝う。著者は、こうした物語の骨格を継承したうえで、そこに、ブレグジット後の分断や外国人排斥というテーマを重ねる。
 クリスマスに集った家族にも分断や憎しみが及んでいる。実業家だった初老のソフィアは、活動家の姉アイリスが苦々しい。理想を謳(うた)って積極的に政治活動に参加する姉は、ビジネスの世界で生きてきた彼女にすれば「神話信者」にすぎない。ライターを気取るがフェイク記事を書いてばかりの息子アートも、恋人に同じ感情を抱いており、大喧嘩(おおげんか)して、クリスマスの家族の集まりに恋人を連れそびれる。政治的人間と非政治的人間の衝突において、他者に耳を傾けず、偏屈に自分の神話を信じるのはいずれか。神話と真実の境はどこか。読者は考えさせられる。
 家族の集いに笑いや和解をもたらすのは、アートが恋人として偽って連れてきた若きラックス。
 国境を閉じる是非をテーマとするこの作品で、和解をもたらす人物が外国出身で、ピアスの穴だらけ、という設定が示唆的だ。実のところ、作中には、越境や対話を可能にする「穴」がさまざまに登場する。「穴の開いた石」は、第1作『秋』にもひっそり登場していたが、このバーバラ・ヘップワースの彫刻が本作で大きな役割を果たす。今年話題になった『ケアの倫理とエンパワメント』で小川公代が、チャールズ・テイラーを手掛かりに論じた「多孔的な自己」とも相通じる作品世界だ。
 本人がいるのに画面ばかり見る接客。自撮りに夢中で、絵そのものには背を向ける。予測して言葉を補う検索サイト。仕組まれたネット炎上。いまをうまく捉えたこうした描写も本作の魅力だ。この21世紀版『クリスマス・キャロル』は、さらに最後には、多文化と排斥の時代にクリスマスはどうあるべきかをも考えさせる。
   ◇
Ali Smith 1962年生まれ。作家。著書に『両方になる』『ホテルワールド』など。英国で数々の文学賞を受賞。「四季4部作」は、前作『秋』に続く本書を経て、未邦訳の『Spring』『Summer』で完結。