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「賃労働の系譜学」/「賃金破壊」 壊れた社会で働く者を守るには 朝日新聞書評から

評者: 戸邉秀明 / 朝⽇新聞掲載:2022年01月08日
賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ 著者:今野晴貴 出版社:青土社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784791773947
発売⽇: 2021/11/26
サイズ: 19cm/323,10p

賃金破壊 労働運動を「犯罪」にする国 著者:竹信 三恵子 出版社:旬報社 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784845117130
発売⽇: 2021/11/01
サイズ: 19cm/259p

「賃労働の系譜学」[著]今野晴貴/「賃金破壊」[著]竹信三恵子

 コロナ禍も、はや3年目。日々の労働はテレワークの増加などで不可逆的に変わりつつある。この事態にどう向き合うべきか。『賃労働の系譜学』は、働く者の立場で真正面から答える。かつて「ブラック企業」の問題を広く認知させた著者が、労働問題の対策から一歩進み、日本資本主義の現状分析と変革への展望を語る。
 生産と雇用を拡大させ、成果の分配で社会を統合する「フォーディズム」の体制には、コロナ禍以前から根本的な変化が兆していた。デジタル化やAIの技術革新によって、労働が富の源泉にならず、経済規模は容易に拡大しない。富裕層による富の収奪が、経済活動の中心となる社会の到来。それが「デジタル封建制」たる所以(ゆえん)だ。
 ならば日本でデジタル化が進まないのはなぜか。人間の「使いつぶし」ができるため、企業側に労務面への投資意欲が働かない。むしろ不安定雇用を大量投入して、公共サービスまで効率重視の市場に変えるブラック企業が、日本経済の「救世主」扱いされる。
 これでは社会全体が壊れてしまう。著者は、技術革新も活(い)かし、労働者の自律的な協業の領域を拡(ひろ)げて「経済民主主義」を実現する「コモンの再建」を掲げる。鍵は、労働運動の拮抗(きっこう)力だ。企業別組合に入れない非正規雇用の増加は、地域や産業ごとの横断的な組織を必然化させる。ストライキについても、権利を求めるギリギリの手段として共感が広がっている。
 だが、「社会運動的な労働組合」の台頭を抑えこむ力も強まっている。『賃金破壊』は、数年前に起こった関西生コン事件を取材して、国家による「組織つぶし」の実態を暴く。生コン職場で働く組合員が次々に逮捕され、長期勾留の末、重い刑を科される。正当なはずのストライキばかりか、ビラまきや保育園入園のための就労証明書の要求まで刑事事件にされた。
 背景には、共謀罪を拡大解釈し、暴力団やテロ集団と同様のレッテル貼りをして、「分を超える」労組を狙い撃ちした警察や司法の意思が透けて見える。戦前の治安維持法の暴走と見紛(まが)う、労働基本権の「解釈改憲」が進む。SNSやヘイト集団の攻撃に萎縮し、沈黙したメディアも共犯者だった。
 両著はともに、労働組合こそ、社会の荒廃から人々を守り、社会を変える力を持つと訴える。実際、関西生コンでは、個人加入による産業別労組として、中小零細の生コン業者と協力して大手ゼネコンに対抗し、賃上げを実現してきた。生活の自立を通して団結の意義を知った人々は、今、国の人権侵害を法廷で問い返している。権力が恐れるのは、賃金デフレによる貧困の泥沼から這(は)い上がる術(すべ)を自ら編み出す、この創造性に違いない。
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こんの・はるき 1983年生まれ。NPO法人POSSE代表。駒沢大、聖学院大非常勤講師。著書『ブラック企業』『生活保護』▽たけのぶ・みえこ ジャーナリスト。和光大名誉教授。著書『ルポ雇用劣化不況』。