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「世界を一枚の紙の上に」書評 科学と芸術が交差する「可視化」

評者: 生井英考 / 朝⽇新聞掲載:2022年01月08日
世界を一枚の紙の上に 歴史を変えたダイアグラムと主題地図の誕生 著者:大田 暁雄 出版社:オーム社 ジャンル:旅行・地図

ISBN: 9784274227851
発売⽇: 2021/12/17
サイズ: 26cm/269p

「世界を一枚の紙の上に」 [著]大田暁雄

 「マップ」は一枚の地図のことだが、なにも地形図ばかりとは限らない。動植物の分布や気象情報、また人口、産業、交易などの統計情報を地理上に盛りこんだ種々の図解も地図の一種だ。それらを集めた地図帳を「アトラス」という。
 本書は古今のアトラスを多数ひもときながら近代知の歴史的な水脈をたどる、ユニークな魅力にあふれた地理図解論である。
 最初に紹介されるのは近代地理学の祖フンボルトが南米探検から戻って描いたアンデスの自然画。おっとりと美しいこの火山図は標高に沿って気温や動植物の分布などを精密に描きこみ、種々の地理情報を可視化して、同時代の文人ゲーテをも感銘させた。科学とロマン主義芸術の双方にかなう主題地図だったことを本書は丁寧に説き明かす。
 それは「近代デザインの、そして生態学の幕開けを告げる、決定的な出来事」だったと著者はいう。
 その本業はデザイナーでプログラマー。独自のピクトグラム(絵ことば)やダイアグラム(図案)で第1次世界大戦後の社会情勢を統計的に図解したオーストリアの社会経済学者ノイラートの展覧会企画に、美大の大学院生として加わったことが本書の仕事のきっかけとなったようだ。
 ノイラートらが依拠した近代統計学はヨーロッパが気候変動や疫病、金融市場の不安定化などに悩んだ「危機の17世紀」に生まれ、変動する社会の実態という「見えない現実」を見るための強力な技法となって、社会学という学問の誕生をもうながす重要な基盤をなした。そこから国同士を同じ尺度で比較し、やがては遠く異国の文明をもふくんだ「世界」全体のありようを可視化する、今日的な知と力の時代が開扉したのである。
 オミクロン株の発生と拡大を受けて世界はまたも大きく動揺している。そこで私たちが脳裏に描く「世界」の認識論こそ、まさに本書の主題だろう。
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おおた・あきお 1981年生まれ。デザイン研究家、デザイナー、プログラマー。武蔵野美術大非常勤講師。