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ニクラス・ルーマン「社会システム理論の視座」 人間不在、社会自ら生成

Niklas Luhmann(1927~98)。ドイツの社会学者

大澤真幸が読む

 ルーマンは、二十世紀終盤に活躍した理論社会学者である。その社会システム理論は超難解。理解のためには、理論を駆り立てているモチーフを知る必要がある。私の考えでは、ルーマンが試みたことは、理論の前提から「神」を完全に排除したとき、社会はどう記述できるかの探究である。……というと、社会科学はみな神など前提にしていない、と反論されるだろう。

 しかし、どの社会理論も「人間が社会をつくる」と考える。このとき人間は、あたかも創造主のように社会の外に立ち、社会を操作できるかのように、思い描かれる。そう、「人間」という概念のうちに、ひそかに神の役割が転移されているのだ。

 というわけで、ルーマンは、徹底した反人間主義の立場をとる。彼は、理論から人間概念を追放した。社会システムの要素は人間ではない。では何か。コミュニケーションである。

 社会システムは、コミュニケーションだけで成り立っている。そして、コミュニケーションは、ただコミュニケーションを通じてのみ生成される。このように、要素間のネットワークを通じて要素を生成しながら、自分自身を構築するシステムを、自己創出(オートポイエーシス)システムと呼ぶ。ルーマンの理論は、社会システムを、自己創出システムの一種として記述するものだ。

 そこからさまざまな興味深いことが導き出される。根源的構成主義もそのひとつだ。これは、システムが有意味なものとして認知(観察)することのみが現実だとする説である。例えば経済システムにとって、振り込みは現実だが、振り込んだ人の政治的立場は「無」に等しい。

 ルーマンの主著は、『社会システム理論』と、死の直前に書き上げた『社会の社会』だが、どちらも読者を威嚇するほど浩瀚(こうかん)で難解。『社会システム理論の視座』は本来一論文に過ぎず、今回紹介したルーマン固有の概念はまだ現れていないが、ルーマンへの導入にはよい。これは、ルーマンの手になるコンパクトな社会学史である。=朝日新聞2022年1月15日掲載