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滝沢カレンの「うろんな客」の一歩先へ 嵐の夜にやってきた、ダミダミ声の鳥人間

撮影:斎藤卓行

この村には、とっても意地悪な男がいた。
その名は、コモロウ。

コモロウは56歳だというのに働かず、しまいには両親のおかずばかり食べては夜遊びに力を注ぐような人だ。
両親はいつもおかずなしの白飯生活にうんざりしていた。

コモロウは外に出るたびに、この村のありもしないような恐ろしい話を子供たちに話していたり、近所のなんてことない人々の悪口を話して村を困らせていた。

この日も夕方5時になると、駆け込み食いで食べた夕食後、米粒や食べカスを口につけたコモロウが村に出ていた。
腹巻に爪楊枝を差し、陽気な足踏みをしながら歩いている。

「今日は何て言って驚かせてやろうかな」
誰も何の嬉しさも未来もない無駄な思考がコモロウの頭を埋める。

すると、向こうから母に手を引かれ親子が歩いてきた。

「お、きたきた」
コモロウは全く息の根を止めたような瞳で顔をたくらみに変えた。

「おぉ、親子さんよ。何してるんだい?」
「いまから山を越えて隣町まで・・・・・・」

母親が答えると、コモロウは大袈裟な声を上げた。
「えぇえあぁぁ。ダメだダメだ。いま隣村は土がぜーんぶ掘り起こされて、土の中から見たこともない生物が現れて支配してるみたいだ。もう誰もいなくなってるよ。まぁ、この村もじきに占領されちまうな」

浅はかな知識から生み出した、とんでもなく胡散臭い嘘を平気で話していた。
すると、子供は大泣きし始めた。

「えーえー、母ちゃん怖いよ。僕、怖いよ」
「それ、ほんとうですか?」

泣き叫ぶ息子の背中をさすりながら目に血走りをさせた母親が唇を震わせながら聞いた。

「あぁもちろん。だから、もうあんたたちもじきにさよならだ」
「あっちの村に夫が・・・・・・いるんです」
「はっ、とっくに得体の知れない生物に飲み込まれてるよ、残念だな」

コモロウは、母親の肩を2回慰めるようたたくと、基礎のなっていないスキップをしながら通り過ぎて行った。

親子2人は泣き崩れていた。
背中でその泣き声をしっかり聞き、コモロウはタライみたいに笑った。

この時代、テレビも携帯電話もなかったために、こぞってコモロウの言葉は重大な情報となってしまっていた。
コモロウは今日も村人たちを脅かし、嘘をつき、人々が嫌な気持ちになった分、どんどんコモロウの足取りは軽くなっていた。

そんな姿を見逃していなかったのは、コモロウの両親。
情けなさと怒りの眼差でいつも息子を見つめていた。

数日後。
それは嵐の荒れ踊る夜だった。

昼とは思えないような闇雲の空が村を包む。
どこの家からも、強気に降りてくる雨の声しか聞こえないほどの勢いだ。

コモロウも家で外を眺めていた。
「あぁ、ババァもジジィもどこいっちまったんだか、これじゃあおかずが食べれねぇ。早く帰って来んかなあ」

両親は昨日から不在。
コモロウは、自分でご飯を作ることを知らないため、腹を空かせて両親が帰るのを赤ん坊のように待っていた。

嵐は時間が過ぎるごとに激しくなっていった。
バキバキッ。
屋根や柱が声を上げて耐えている。

夜8時を回ったあたりだ。
コモロウがボケッと布団の上で仰向けになっていると、コンコンコン。
玄関を力強く叩く音が聞こえる。
コモロウは、両親かと思い飛び起きて玄関を開けた。

"ゴオオオー"

轟音の中、暗闇に浮かぶ大きな影が見えた。
影はコモロウの家の中にノシノシと入ってきた。

「あぁぁぁ、びしょびしょだな、誰だよ一体」
コモロウは図々しさが際立つこの来客者に苛立っていた。
家の玄関をくぐり、室内に入るとコモロウは見上げた。

「!!!!!!」

喉で声は止められた。

そう、そこには、顔は奇妙なくらいに鳥、体はたくましく人間、そしてコモロウより40~50cm背が高い人がいた。
見たこともない人だ。

いや、これを人だと判断していいのか。
鳥顔だが、しっかり髪の毛はあるし目の動きも心配するほど鳥ではなく、絶妙なバランスで動いている。

絵:岡田千晶

「泊まらせてくれや」
潰れたダミダミ声がコモロウの家を飛ぶ。

「お、おまえ、なんなんだよ! 勝手に入ってきて、でっけぇ身体で。一体何者なんだよ」
コモロウはやや大きさに怯みながらも強気に質問した。

「鳥次郎(ちょうじろう)だ」
「聞いたことねー名前だな。一体どこから?」

「なぜ知らない? 君が一番知っているはずだ。隣村の土から掘り起こされたんだよ」
「え? 馬鹿いっちゃ困る。それはおいらのかるい冗談だ」
「冗談? はっはっは。笑わせないでくれよ。冗談なんかじゃないよ。ちゃんといる」

コモロウは鳥次郎との会話にどんどん不信感を募らせていく。
とんでもない訪問者なのだから。

「あんたは、ほんとに土から掘り起こされたのか?」
鳥次郎が居間に座り一息ついている背後から問うた。

「そうだ。さっきから言ってるじゃないか。あんたがしきりに言ってる怪物だよ」
「ありゃ、作り話だ。お前はなぜそれを知ってる!」

コモロウは足をジタバタさせながら自分の頭の空想だ、と言い聞かせた。
すると、鳥次郎はギロっと振り返りコモロウを睨んだ。

「冗談だ? あぁ? あんたは毎日毎日この村の人をその話でビビらせてたじゃねーか。この村から一体何人が村を離れたか知ってんのか? あんたの話を信じて、逃げた村人たちがいまどんな状況か」

「どんな状況なんだよ」
「みんな山を越えられずに体力尽きた者もいる。山を越えたが、村に馴染めず行き場を失ってる者もいる。全てあんたのその冗談のせいでね」

「オイラのせいなわけない」
コモロウは気の弱さも人一番。
怖くなったのか急に震え出した。

「おお、そういや、あんたの両親はもう戻ってこないからな。早いとこしっかり働かなきゃ大変なことになるぞ」
「あ? 母親や父親、なんで帰ってこないんだ。そんなわけないね」

「はっはっは。食べちゃったからだよ」

コモロウは、背筋に何かが突き刺さったような刺激をくらった。
精神的な痛みは、外部的な痛みより激しかった。

目に涙を浮かばせながらコモロウは絞り出した。
「そんなわけない。そんなわけない!」
「全部お前のせいだ。今日からお前は俺様の奴隷だ。逆らったら食うからな」

コモロウと鳥次郎がまともに会話をしたのはこの時が最後だった。
コモロウは、食べられる恐怖から鳥次郎の頼みに全て応えるようになった。

「お前、3軒隣の米屋で働け。仕事は山ほどある」
そういわれると、コモロウは次の日から近所の米屋で働いた。

人生初めての仕事だ。
家事も最初はまどろっこしい手つきだったが、2ヶ月もすると慣れたもんだ。

鳥次郎はくる日もくる日も居間にいた。
布団では、横にはなるが目は決して瞑らなかった。
おそらく四六時中コモロウに油断させないため。
鳥次郎の監視が、コモロウの人生の目を覚ました。

コモロウはずっと気になって仕方がなかったことを勇気を出して聞いた。
「僕の母や父にはもう、会えないのですか?」
数ヶ月間コモロウの頭を一番占領していた思いだ。

「お前、会いたいのか? 必死で働いた両親のおかずを食ったり、お金をかっぱらったり、口も聞かずに、あんな自由をしておいてまだ会いたいのか?」

目からは、生まれた時に泣いた涙ぶりに、涙が溢れてきた。
コモロウの心臓の真にその言葉はパンチしてきたようだ。

両親をあんな邪魔者扱いしてしまった自分を責めても責め足りない。

でも会いたい。

それが今のコモロウの本音だった。

「おい、コモロウ。両親に会わせてやる方法は一つしかない」
「その一つでいい、教えてください」

「お前も食うことだ」

コモロウはぴたりと動きを止めた。
何かを考えるよう地面と目を合わせた。

そして、コモロウは答えた。

「鳥次郎さんよ、僕を食ってくれ」

コモロウは生きるより、両親との再会を選んだ。
例え、この世界から姿が消えようとも、コモロウの毛むくじゃらに汚れていた胸に光るものは両親のことだった。

「いいんだなあ? コモロウ。お前は、いま人生で初めていい選択をしたようだ」

鳥次郎の言葉はこれが最後だった。

次の瞬間、コモロウは鳥次郎の深い深い暗闇に落ちていった。

鳥次郎は、ニヤリと笑った。

「両親や周りの人を苦しめる奴は許せねぇな」
そう、ポソリと呟くとコモロウの家から鳥次郎は出ていった。

この村では、鳥次郎を見かけた村人は1人もおらず、忽然とコモロウ一家はいなくなったと噂されたのだ。

おしまい。

===============

これは、この地域のコモロウ村で、一家に一冊は必ずあると言われている絵本です。
今夜もこれをどこかの子供に読み聞かせ、家族や周りの人への感謝を教えています。

コモロウ家族がほんとうにいたかは誰も分かりません。
でも、鳥次郎の噂は数百年もの間言い伝えられています。
どうやら、鳥次郎が現れた家は必ず無くなるというのはほんとうのようで、村では恐れられているのだとか。

一体、鳥次郎とは何者だったのでしょうか。

(編集部より)本当はこんな物語です!

 風の吹き荒れる冬の晩、玄関のベルが鳴る。外には誰もいなかったのに、気がつくと家のなかに妙な姿の客がいる。そいつは廊下に駆けていって、鼻先を壁にくっつけて動かない。その後も、本を何ページも破りとったり、気に入ったものがあると勝手に持ち去って、池に投げ入れたり……。17年たっても、そいつはいなくなる気配がない。

 エドワード・ゴーリーの絵とともに、よく分からないけれど、どこかにユーモアがあって、なにかが伝わってくるような気がする物語です。『うろんな客』(河出書房新社)の翻訳者である柴田元幸さんは、「うろんな客」は子どもの比喩であるという作家アリソン・ルーリーの説を支持しています。

 今回のカレンさんの作品は、メタフィクションと呼ばれる技法で書かれていました。冒頭の物語をあえて絵本の話とすることで、その後に鳥次郎の話が浮かび上がり、印象的でした。