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「コロナ禍のアメリカを行く」書評 失われた夢 ドン底からの闘い

評者: 宮地ゆう / 朝⽇新聞掲載:2022年02月05日
コロナ禍のアメリカを行く ピュリツァー賞作家が見た繁栄から取り残された人々の物語 著者:デール・マハリッジ 出版社:原書房 ジャンル:社会・文化

ISBN: 9784562059676
発売⽇: 2021/11/22
サイズ: 19cm/224p

「コロナ禍のアメリカを行く」 [著]デール・マハリッジ

 コロナが米国で猛威をふるう2020年5月、ジャーナリストの著者は、カリフォルニア州で廃虚になったガソリンスタンドを通りかかった。壁には色あせた星条旗の絵。中に入るとスプレーの落書きがあった。
 「Fucked at birth(生まれたときからドン底)」
 著者は立ち尽くす。「アメリカンドリーム」の国で、「ドン底」を抜け出すことは、もはやおとぎ話なのか。答えを求めて、米国横断の旅が始まる。落書きの言葉は、そのまま本の原題になった。
 旅の途上で出会う人々の人生は多様で、ダイナミックだ。ロードムービーのように米国を横断しながら、彼らの人生をたどるだけでも読みごたえがある。
 コロラド州では、若い頃ギャングの抗争で銃撃されて片目を失いながら、地域の若者を助ける団体を設立した黒人男性に会う。この団体がコロナ禍に無料配布する食糧は地域の命綱だ。
 ロサンゼルスで会ったスリランカ出身の男性は、失職し車上生活をする人のために各地にシャワー施設を作り、食肉工場で感染が広がったネブラスカ州では、メキシコ移民の娘が、親たちの労働環境の改善を求めて、州知事と戦っていた。
 ほころびた社会を自ら繕おうと立ち上がる人たちの力強さには、圧倒される。
 だが、著者は楽観しない。「コロナが収束しても経済がV字回復する希望は薄い」と見ており、大恐慌後の不況とともに国全体が右傾化した1930年代と現在との、不気味な共通点も指摘する。
 驚くような処方箋(せん)はない。提示するのは、最低賃金を上げ、教育の機会を作り、貧困層を健全な経済の中に組み込むといった基本的な政策だ。だが、それなしにアメリカンドリームの再構築はない、と言う。
 工場で働きながら原稿を送り、新聞社の職を得たという著者。アメリカンドリームを享受できた自分と、旅で出会う人々とを重ねる内省的な視点は印象的だ。
    ◇
Dale Maharidge 1956年生まれ。米国のジャーナリスト。著書に『日本兵を殺した父』など。