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柿沼陽平「古代中国の24時間」 現代に通じる喜怒哀楽描く

 秦漢時代を生きたのは、始皇帝や、項羽・劉邦や、三国志の英雄だけではない。一般の人びとは、朝何時に起床し、何を食べ、どのように働き、恋をして結婚し、性を謳歌(おうか)し、酒を酌み交わし、就寝したのか。古代中国にタイムスリップして人々の生活に紛れ込み、1日を体験してみたら何が見えてくるのか。本書は、史資料や出土遺物を10年かけて丁寧に研究することで、古代中国の無名の民の日常を臨場感たっぷりに浮かび上がらせてみせた。

 たった24時間と侮るなかれ。どの世界でも人びとの日常世界は、膨大な明示的または暗黙のルールに取り囲まれている。一日を無事に過ごすためには、姓・名・字(あざな)などの名づけや呼びかけの規則から身分に応じた服装、宴席の作法まで、無数の制度や規範を知る必要がある。その中には「主人が釜の底をこすって音を立てる」ことから「帰れ」という合図を察する「空気の読み方」も含まれる。

 また個々の暮らしは社会経済の仕組みの上に成り立ち、それを構成する。キャリアとノンキャリア、常勤と非常勤で構成される役所勤めや、その役所勤めを織り込んだ農民の家計経済、市の仕組みなど、社会経済秩序も立体的に明らかにされる。

 だが何より面白いのは、現代の私たちにも通じる人びとの悲喜こもごもが描かれていることだ。歯磨きの習慣がないので虫歯や口臭に悩む。イケメンに熱狂する女性がいれば、当然容姿にコンプレックスを抱く男性もいる。恋愛にセックス、嫁姑(よめしゅうとめ)関係、子育て、夫婦関係など、戦乱の時代でも太平の世でも人間の喜怒哀楽の根幹は変わらない。

 英雄譚(たん)や政治史ではない古代中国の日常史を描く本書の試みは、人類学の知見を取り込んだアナール学派歴史学や民俗学にも影響を受けているという。歴史学の一級の成果と同時に民族誌を読むような「生」の手触りを感じられる本書は、日常性が切り開く知の豊かさを存分に示してくれる。=朝日新聞2022年2月26日掲載

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 中公新書・1056円=5刷5万部。21年11月刊。中国史ファンによる議論がSNS上で盛り上がり、女性と若い世代の読者もつかむ。巻末に出典を明記した20ページの注釈がついている。