海に近いある町にふらりとやってきた女サイトウは山の中に神社を建て、6人の画家を祀(まつ)る。北斎、レンブラント、モネ、ダリ、ターナー、フリードリヒ。画家たちは現代に神としてよみがえり、町を彼らの絵画世界に染めていく……。
「ある日、モチーフが浮かんだんです。一人の男が、あらゆる画家の絵の混じり合った世界にいる。その風景をどう小説に顕現させようかと考えたとき、画家たちに神様として登場してもらうのが一番いいと思った」
神となった画家たちが平然と町で過ごしている序盤から、文章には大量の注釈が挟み込まれる。画家や画法などの説明かと思いきや、注釈はその役割を超え、本編へとつながり、それぞれの画家の生み出すイメージが広がっていく。
「小説でないものから小説へ移行するグラデーションを見せたかった。小説の読み手って、小説の本文は本文、注釈は注釈と思って読み進める。そこが揺らぐと、小説って何だろうと改めて考えるはず。書いていて楽しかったですね」
思えば、デビュー作『水と礫(れき)』からしてヘンだった。とある一族の歴史が、次第に延びていく時間のなかで、何度も繰り返される物語。こちらはいわば時間のグラデーションを用いた叙事詩的な作品だ。
作家となるきっかけは、小学生のときの祖母との小旅行だった。地元の兵庫・舞子の海を眺めながら「風景はものを考える土台になっとうなあ」ともらすと、祖母が電車を眺めながらつぶやいた。
「あんたは本を書きぃ」
それから約20年、友人と共作したライトノベル(マライヤ・ムー名義)が本になり、何度かの落選を経て文芸賞を受けた。
「落選が続いたころは、こういうものを書けば文学ぽいんだろうという意識で書いていた。今は読んだ人の何かを曲げたいと思って書いてます。風景の見方がザッと変わるような。そこから読んだ人がいろんなことを考え始めたら、社会が確実に変わっていくと信じているんです」(野波健祐)=朝日新聞2022年3月2日掲載