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「占領軍被害の研究」書評 戦後もなお続いた苦しみの実態

評者: 保阪正康 / 朝⽇新聞掲載:2022年03月05日
占領軍被害の研究 著者:藤目 ゆき 出版社:六花出版 ジャンル:社会・時事

ISBN: 9784866171579
発売⽇:
サイズ: 22cm/8,424p

「占領軍被害の研究」 [著]藤目ゆき

 太平洋戦争敗戦の結果、日本はアメリカを中心とする連合国に占領支配を受けた。その間、6年8カ月である。占領軍の「犯罪」の実態は今に至るも明確ではない。本書はその闇の部分を丁寧に示してくれた。
 全国調達庁職員労働組合(全調達)の被害者実態調査の資料をもとに、著者独自の聞き取り調査や他の資料も加え、多角的に占領期の日本人、朝鮮人など被害者の苦しみを分析する。「『八・一五終戦』史観から脱却」する意図が記述の骨格になっていて、占領被害の内実は戦時と変わらぬ残酷さを持っている。
 全調達の調べでは、被害の理由になる事故・事件は「危険運転」が圧倒的に多く、「暴行・傷害・殺人」「労働災害」が続く。軍用車両で人混みに突っ込んだり、民家に飛び込んだりしている。「面白半分に殺傷したと疑われるケースが多い」というのだ。殺人事件にしても、20歳のアメリカ軍一等兵が通行中の日本人男性2人を刃物で突然刺して殺害(奈良)。「日本において初めての米兵に対する死刑判決」と騒がれたが、アメリカ国内で助命嘆願が起こり、帰国後、短期間で釈放されている。
 占領政策のこうした暗部はアメリカ軍に隠蔽(いんぺい)されただけでなく、日本政府もそれに手を貸す形になった。被害者は、ときに見舞金程度の補償を受けることがあるにせよ、泣き寝入り、あるいは講和条約発効後に賠償金の請求ができるから、との国側の説得に黙する以外になかったのだ。しかしサンフランシスコ講和条約では、日本はこの種の賠償請求権は放棄している。
 戦後社会では、被害者の会も作られて司法の場に持ちだされているが、一部の被害を除いて旧軍と政府の側に立つ司法判断が示されてきた。
 著者の問題意識は、日本に対する軍事的制圧から続く軍事的暴力の実態を問おうとする点にあり、その歴史への歩幅の長さが生命線なのであろう。
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ふじめ・ゆき 1959年生まれ。大阪大教授。著書に『性の歴史学』『女性史からみた岩国米軍基地』など。